今昔物語集 現代語訳

『今昔物語集』の現代語訳と解説。有志の参加者募集中です。

芥川龍之介、『今昔物語集』を語る(名文だ)

芥川初期の代表作『鼻』『芋粥』『羅生門』は『今昔物語集』に材をとっている。

羅生門』は黒澤明が映画にし、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、アカデミー賞特別賞を受賞した。「世界のクロサワ」と呼ばれるようになったのはこの後だ。

……と、ウンチクを並べてみたが、芥川による下の文章のほうが、自分にとっては100倍も価値がある。
まさに珠玉と呼ぶべき文章だ。

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『今昔物語』は前にも書いたように野性の美しさに充ち満ちてゐる。そのまた美しさに輝いた世界は宮廷の中にばかりあるわけではない。従ってまたこの世界に出没する人物は上は一天萬乘の君から下は土民だの盗人だの乞食だのに及んでいる。いや、必しもそればかりではない。觀世音菩薩や大天狗や妖怪變化にも及んでいる。もしまた紅毛人の言葉を借りるとすれば、これこそ王朝時代のHuman Comedy(人間喜劇)であらう。僕は『今昔物語』をひろげるたびに当時の人々の泣き声や笑い声の立ち昇るのを感じた。のみならず彼らの軽蔑や憎悪の(例へば武士に対する公卿の軽蔑の)それ等の声の中に交っているのを感じた。

僕等はときどき僕等の夢を遠い昔に求めてゐる。が、王朝時代の京都さえ『今昔物語』の教える所によれば、あまり東京や大阪よりも娑婆苦の少ない都ではない。なるほど、牛車の往来する朱雀大路は華やかだったであらう。しかしそこにも小路へ曲れば、道ばたの死骸に肉を争う野良犬の群れはあったのである。おまけに夜になったが最後、あらゆる超自然的存在は、大きい地蔵菩薩だの女(め)の童(わらわ)になった狐だのは春の星の下にも歩いていたのである。修羅、餓鬼、地獄、畜生等の世界はいつも現世の外にあったのではない。

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全文はこちら。

芥川龍之介 今昔物語鑑賞

 

 もう一カ所、好きなところを引用しておこう。
まったくそのとおりだと思った。

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法華寺の十一面観音も、扶桑寺の高僧たちも、ないしは金剛峯寺不動明王(赤不動)も僕等にはただ芸術的、美的感激を与えるだけである。が、彼等は目のあたりに、或は少くとも幻の中にこういう超自然的存在を目撃し、そのまた超自然的存在に恐怖や尊敬を感じていた。たとへば金剛峯寺不動明王はどこか精神病者の夢に似た、気味の悪い荘厳をそなえている。あの気味の悪い荘厳は果たして想像だけから生まれるであろうか?

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赤不動