今昔物語集 現代語訳

『今昔物語集』の現代語訳と解説。有志の参加者募集中です。

移転しました。

約5秒後に自動的にリダイレクトします。

『今昔物語集』現代語訳 プロジェクト参加者募集!

今昔物語集』は芥川龍之介の小説や黒澤明の映画の原案となった日本が世界に誇る文学作品です。成立はおよそ1000年前

アメリカは建国してまだ250年経っていませんからこの作品がいかに貴重なものかわかります。

まさに国の宝というべき文学作品ですが、誰もが簡単にアクセスできるものにはなっていません。

現代語訳はこの状況を変革すべく進められています。

いずれオリジナルのドメインとウェブページを制作する予定です。

このプロジェクトにはあなたの力が必要です。

自分には古典文学の読解なんかできないと思ってる人も多いかもしれません。
そんなことはありません。
代表(この文を書いてる人)は英文科卒業、古文についてきちんと習ったのは大学受験までです。経歴のどこを探しても古文は出てきません。

翻訳にとって重要なのは、原文を読み下す能力よりも現代日本語の表現能力です。

 

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これは1000年前の文学を1000年後に届ける試みだと考えています。
自分の書いているものを1000年後の人に届かせたいと思って書いてる作家やライターなんて世界にもほとんどありません。あなたはすごいことをやるんだよ。

代表は身障者(歩行能力その他がありません)ですが、身障者や高齢者など、理由あって社会参加できない人もこのプロジェクトに参加してほしいと考えています。あなたの力が生かせる場所があるんだ。

こちらの要項を参照し、ぜひご参加ください。

 

hon-yaku.hatenablog.com

 

基本的に物語を翻訳いただくかたちで参加いただいています。

物理的にそれが困難な場合には経済的援助という形で関わってください。

一口三千円です。

 

このプロジェクトの立ち上げに際して、代表の鼻息の荒い様子を、シミルボンでレポートしました。

shimirubon.jp

shimirubon.jp

続けられるかぎり続けようと思っています。ネタは尽きないはずだから。

 

巻五第三話 王が盗人を大臣にした話

巻5第3話 国王為盗人被盗夜光玉語 第三

今は昔、天竺にある国がありました。その国の王はこの世にふたつとない宝とされる夜光の玉を持っていました。それを蔵に納めておいたところ、泥棒がどうやってか入り込んでそれを盗んでしまいました。

国王はそれを嘆き、‘もしかしたらあいつが取ったのではないか’と疑ってみましたが、単に尋問をしたところで白状するはずが無いとも思いました。白状させる為の方法として高楼を七宝で飾り、玉の幡を掛け、床には錦を敷くなど最上の装飾を施し、容姿の整った美しい女たちには素晴らしい衣装と花の髪飾りをつけさせ、琴や琵琶などでえもいわれぬ音色を奏でるなどの様々な嗜好を凝らし、その玉の泥棒と疑われる人物を迎えもてなしました。そして致死量のごとく強い酒をたらふく飲ませてその人を泥酔させました。

酔っている隙に飾られた高楼の上にその人を移動して寝かせ、そして同じく素晴らしい衣装や花飾り・装飾品を纏わせましたが、男はひどく酔っていてそれに気づきませんでした。しばらくして酔いがさめると、そこはこの世とは思われないほどすばらしく美しい場所でした。見渡すと四隅にはセンダンやジンコウの香が焚かれてあり、その芳しさは不可思議なほどです。玉幡を垂らし、天井や床には錦が広げられています。玉のごとく美しい女たちは見事に髪を結い上げて綺麗に着飾り、琴や琵琶を弾いて楽しんでいました。

これを目にして‘私はどこにやってきたのだろうか’と思い、そばにいた女に「ここはどこですか」と尋ねると、女は「ここは天上界です」と答えます。

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(古代の街を再現した黄金のジオラマ。インド、ラジャスターン州アジュメールの寺院)

「私が天上界に生まれるはずがない」と男が言うと、「あなたは嘘をつかないので天上界に生まれたのです」と女は返します。「あなたは盗みをしたのですか」と問い正す為にこのように女は返したのです。「嘘つきでなければ天上界に生まれる」と言い聞かせれば‘嘘を言うまい’として「盗みました」と言うのではないか。「それならば、例の国王の宝の玉を盗みましたか」と問えば「盗んだ」と白状するのではないか。「どこに隠しているのか」と問えば「こういった場所にある」と答えるだろうから、その後にありかを確かめて人をやり玉を取り戻す、という計画でした。

一方、女が「嘘をつかない人が生まれる天上界です」と言うのを聞き、玉の泥棒はうなずきました。女は「盗んだのですか」と続けます。泥棒はそれに答えることなく、そこに居た女たちみんなの顔をひとつひとつじっと見つめ、首をすくめて何も言いません。繰り返し尋ねられてもまったく答えることがありません。女は問うにもいよいよ困りはてて「こんなに何も言わない人はこの天上界には生まれませんよ」と言い、高楼からその人を追いやってしまいました。うまく事が運びませんでしたが、国王には新たに考えついたことがありました。‘この泥棒を大臣に任命しよう。私と一心同体であると思わせておいて騙してしまおう’と思い、その泥棒を大臣にしてしまいました。

その後国王は些細なことも大小も構わずこの人物と相談をしました。非常に親密にしていたので、お互い隠し事が無いまでの仲になりました。そして国王は大臣に言いました。「私は内心で思っていることがある。昨年、至宝としていた玉を盗まれてしまい、戻るだろうと思っていたけれどもそうはいかなかった。もしもその泥棒に尋ねて玉を取り戻すことができるのならば、この国の半分の領地を与えようと思うのだが、その令を広めてくれないだろうか。」大臣は‘私が玉を盗んだのは自分が生きてゆく為だった。でも国の半分をもらえて治められるというのならば、玉を隠していても何の得にもならない。今申し出て、国の半分をもらおう’と思い、さりげなく近づいて王にそれを伝えました。「私がその玉を隠しているのです。国の半分をいただけるのであれば、それはお返ししましょう。」

王はそれは喜び、大臣がその半国を治めるように命じ、大臣は玉を持ち出して王に差し出しました。王は「この玉を取り戻せたことは大変嬉しい。しばらく願っていたことがようやく叶った。大臣、末永くその半国を治めよ。ところで、以前高楼を造りそこに昇ったとき、何も言わずに首をすくめたというのはなぜか。」と尋ねました。「前に盗みをしようと、ある僧房に忍び込んだことがあります。そこに寝ずにお経を読む僧がいました。それが寝るまで待とうと思い、壁際で聞き耳を立てていました。僧は“天人はまばたきをせず、人間はまばたきをする”というお経を読んでいて、そのときそれを知ることになりました。高楼の上の女たちは皆まばたきをしたので、ここは天ではないと思い黙っていたのです。盗むということをしなかったのならば、その様に謀られてひどいめに合わされたことでしょう。このように大臣になりさらには半国の王となることもなかったでしょう。これはまったく盗みをしたおかげです。」と大臣は言いました。

この話はお経に説かれているとある僧が語ったもので、これによると、悪事と善事は区別が無い同じことで、真理を得ていない者が善悪は異なるという判別をするということになります。かの鴦掘摩羅(おうくつまら、仏弟子)が仏の指を切り落とさなかったならば、その後に正しい道にかえることはなかったのです。阿闍世王(あじゃせおう、仏教を庇護した王)が父親を殺さなかったならば、どのようにして生と死に関わらずにいることが可能だったのでしょうか。泥棒が玉を盗まなかったのならば、大臣の位には昇ることはなかったのです。

このようなことから、善悪は同じことだと知るべきである、と語り伝えられています。

【原文】

巻5第3話 国王為盗人被盗夜光玉語 第三 [やたがらすナビ]

【翻訳】
濱中尚美

【校正】
濱中尚美・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
濱中尚美

夜光の玉というものはどのようなものなのでしょうか? 七宝が散りばめられた場所ではどのような香りが漂うのでしょうか?

明治のとある和菓子職人が夜光の玉を形にしたら、こうなったそうです。

www.toraya-group.co.jp

なるほど。でも庶民でも手が届くかもしれない美しさ。

このお話の時代の社会では、王や僧というのは庶民にとっては絶対的な存在であったことが文脈から痛いほど感じられます。まずなによりも、王でなければ、王の命令だからといっても「ここは天上界です」と素性の知れない人間を平気で騙そうとできるものでしょうか。

この泥棒は随分大胆不敵な人ですね。その絶対である王や僧の居る場所に忍び込んで盗みをしようと思い実際にそれをやり遂げてしまうというのは、勇気がありすぎるというかなんというか。生活に困って盗みを働いたとして、どうして盗んだものをとっとと売り飛ばさなかったんですかね。隠し持っていても生活の足しにならないんじゃないと思うんだけど。

きっとこの夜光の玉というのは「人間の欲望」という目には見えないものなのではないか、私はそう思いました。それに善か悪かの線引きをしようとしたって誰もきっとできない。王であっても、僧であっても。そういうことなんじゃないかと。 

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善悪を同一のものとする考え方は仏教の哲理のひとつで、この話はそれを語ったものとされています。 

「天人はまばたきをしない」はこの話にも出てきます。 

hon-yaku.hatenablog.com

巻一第一話 王妃が白象の夢を見て懐妊した話(釈迦伝01)

巻1第1話 釈迦如来人界宿給語 第一

今は昔、釈迦如来がまだ仏になっていないころは、釈迦菩薩といって、兜率天(とそつてん)の内院というところに住んでいました。

「閻浮提(人間界)に生まれよう」と考えはじめたとき、五衰が現れはじめました。五衰とは次の五つです。
一、天人はまばたきをしないのに、まばたきするようになった。
二、天人の頭の上の花鬘はしぼむことがないのに、しぼみはじめた。
三、天人の衣には塵がつくことがないのに、塵や垢がつくようになった。
四、天人は汗をかかないのに、脇の下に汗をかくようになった。
五、天人はじっと座っていて決められた場所を動くことがないのに、好き勝手に動いて同じ場所に座っていられなかった。

多くの天人や菩薩はこれを見て言いました。
「私たちはあなたがこのような相を現すのを見て、気が動転し身がふるえ心迷うばかりです。どうか私たちのために、こうなった理由をお話しください」
釈迦菩薩はこれに答えて言いました。
「諸行は無常であるということです。私は近い将来、この天の宮を捨て、人間界に生まれます」
これを聞くと、多くの天人は大いに歎き悲しみました。

釈迦菩薩は人間界を見渡して考えました。
「誰を父とし、誰を母として生まれるべきだろうか」
そして、迦?羅衛国(かぴらえこく、「ぴ」は?で表記)の浄飯王(じょうぼんおう)を父とし、摩耶夫人(まやぶにん)を母とするのがよいだろう」と結論しました。

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(摩耶夫人 Māyādevī ギメー博物館)

癸丑(みずのとうし)の歳の七月八日、釈迦菩薩は摩耶夫人の胎に宿りました。夫人は、菩薩が六本の牙がある白象に乗り、虚空の中より来て、右の脇から身体に入る夢を見ました。それはハッキリと透きとおって見え、瑠璃(るり、宝石)の壺の中に物を入れたようでした。

夫人はとても驚いて、目覚めると浄飯王のもとに行き、この夢を語りました。王はこれを聞くと、
「私もまた同じ夢を見た。このことを自分だけで理解してはならないだろう」
と言って、善相婆羅門(ぜんそうばらもん)という人を呼びました。かぐわしい花をかざり、豪華な飲食をもって婆羅門を供養し、夢について問うと、婆羅門は王に申しました。
「夫人がご懐妊された太子は、善く滅多にない相が数々あります。すべて説くことはできませんが、王のために略して説くことにいたしましょう。夫人の胎に宿った御子は、必ず光を現す釈迦の種族です。夫人の胎を出るときには、光明を放つことでしょう。梵天や帝釈さらに数々の天人が恭敬するでしょう。この相は必ず仏になるべき瑞相です。もし出家しなければ転輪聖王(てんりんじょうおう)として、天下に宝を満ちさせ、千の子を持つことでしょう」

王は、この婆羅門の話を聞いて、限りなく喜びました。多くの金銀や象・馬・車などの宝をこの婆羅門に与えました。また、夫人も婆羅門に多くの宝を施しました。婆羅門は王や夫人の施した宝を受け、帰り去ったということです。

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(夢見る摩耶夫人、右脇から象が入っている  Indian Museum, Kolkata)

【原文】

巻1第1話 釈迦如来人界宿給語 第一 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

 

●全世界を描こうとした文学
一巻第一話である。『今昔物語集』に1000以上ある物語の、最初の話である。

最初なんだが、このプロジェクトはあえて、ここからはじめなかった。

一巻は基本的に、釈迦伝になっている。すなわち、おしゃかさまの生涯を描く話がいくつも続く。それは話としてはおもしろいんだけど、そこからはじめるべきではないと思っていた。

じつは、このプロジェクトは日本の古典文学を扱っていながら日本が舞台の話はまだないのだ。

原典にないわけじゃない。むしろ絶対数は日本の話の方が多いのだが、あえてインドや中国の話を取り上げている。

どうしてかって、決まってるじゃないか。
世界を扱いたかったからだ。

インドと中国、それに日本を加えれば、これは当時の全世界である。

そういう空間的広がりの中で日本の古典文学――『今昔物語集』を考えたかった。

これやってるやつは、すごくすくない。どいつもこいつも日本それも関東以西だけで話を終わらせようとする。チマチマせまいとこばっか考えてんだ。人は自分の大きさでしかものごとを見られない。

今昔物語集』は作者も編者もまるでわかんないんだけど、そいつらは絶対こう思っていたはずだ。
「全世界のおもしろい話をみんな集めてやろう」

見当外れな野望を抱いていたわけじゃない。
今昔物語集』が成立するのはコロンブスによる米大陸発見のずっと前である。当時は南北アメリカもアフリカもオーストラリアも暗闇の中にあったのだ。このコレクションはそういう野望のもとに成り立ってるんだってことを忘れちゃいけない。

その野望を中心にするためには、おしゃかさまはちと有名人すぎる。


●「仏教=釈迦の教え」は大きな間違いである

もうひとつ、大事なことがある。
仏教の「仏」に釈迦という意味はまったくないのだ。

釈迦は過去にも何人もいてこれからも生まれる「悟った人=ブッダ=仏」のひとりに過ぎない。釈迦を特別扱いするのは単にわかりやすいからだ。

もちろん、この考え方には異論もあるだろう。だが、自分そして『今昔物語集』の作者はそう思っている。

おしゃかさまの生涯はいろいろ興味深いんだけど、鳥の話も魚の話も閻魔様の話も出た後で語りたかった。
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●もっとも地位が高く尊敬されるのはBeggarだ
この話で興味深いポイントはいくつもあるが、ひとつだけ触れておこう。

夫人の懐妊を知った王は、すぐさま善相婆羅門というバラモンを呼んでいる。しかも、たいへんていねいに扱っている。

ご存じの方も多いだろうが、インドにはカーストという身分制度がある。
バラモンは宗教者、僧侶であり、カーストのもっとも上に位置している。たいする浄飯王は王様であるけれど、武士の頭領である。カーストバラモンの下、クシャトリアなのだ。王がバラモンに対してうやうやしく接しているのはそのためだ。

余談であるが、インドがIT立国となったのはカーストゆえである。コンピュータ産業は新しい産業だから、八百屋の子は八百屋であるしかないカーストのどこにも位置しない。それゆえ、多くの人が流れたのだ。
(ちなみにインドは日本と違って高齢化社会じゃない。老人より若者のほうが圧倒的に多い)

カーストがあるのは社会にとってそんなに悪いことじゃない。
すくなくとも自分はそう考えている。

隅田川ぞいを歩いてみなよ。カーストがないせいで仕事にありつけない人がたくさんいるぜ。
「八百屋の子は八百屋」はたしかに限定であり、不自由だ。だが、ほっといても八百屋になれるシステムは、セーフティーネットでもある。アメリカのマネした日本にはそんなのないから、ホームレスマンは例外なく仕事がなく、金もなく、だから家もない。

インドには日本以上にホームレスがたくさんいるじゃん、というツッコミも入るだろう。だが、それだってカーストの一部なのだ。Beggarの子はBeggarなのである。

そして、ここが重要なのだが、カーストのもっとも上とされるバラモンは基本的にBeggarなのだ。家を持たず物を乞うことは恥ずべきことではない。むしろ誇らしいこと、賞賛されることなのだ。托鉢僧って要はBeggarだけれど、ああいう人を敬う伝統がインドにはある。

最近よく考えるんだが、もっとも優れたもの重要なものって、数字にできないものじゃないか?
数字にならないものは機械に扱えない。どんなにAIが発達したとても、AIがコンピュータであるかぎり、数字にならないものは扱えない。

バラモンがなぜカーストのいちばん上なのか。
数字にならないものだけを扱っているからだ。

これは自分だけの考えかもしれないが――人はそうあるべきだと思っている。

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(浄飯王 Suddhodna seated on a throne Roundel 2 ivory tusk)

 

巻四第三十七話 阿弥陀と呼ばれる魚、島に誰もいなくなる話

巻4第37話 執師子国渚寄大魚語 第卅七

今は昔、天竺の執師子国の西南、目がとどく範囲に、絶海の孤島がありました。500余の家が漁をして生活しており、仏法を知らなかったといいます。

あるとき、島に数千の大魚がやってきました。島の人はこれを見てたいそう喜びました。近くで見てみると、魚たちはまるで人のように「阿弥陀仏」と唱えています。漁師たちは魚がなぜその名を唱えているかを知らず、ただ魚がそう言っているので、この魚を阿弥陀魚と名付けました。

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漁師たちが「阿弥陀魚」と唱えると、魚は岸に近くに寄ってきます。彼らはしきりに阿弥陀魚と唱え、魚を寄せました。寄ってくれば殺されるにもかかわらず、魚はまったく逃げませんでした。
とてもおいしい魚でしたが、名を唱える数によって味が異なるのです。名を多く唱えると、魚はとても美味です。しかし、あまり名を唱えないと、魚はすこし辛く苦い味がしました。そのため、その海岸一帯は「阿弥陀仏」と唱える声でいっぱいになりました。
(ここは「阿弥陀魚」でなく「阿弥陀仏」。解説参照)

やがて、はじめて魚を食べた人が亡くなりました。その三か月後、彼は紫の雲に乗って光明を放って現れ、こう告げました。
「私は魚を捕った者の長老である。命が尽きて、極楽世界に生まれた。魚のおかげで、阿弥陀仏の御名を唱えたからだ。魚は阿弥陀仏の化身である。仏は、われわれが仏法を知らぬことをあわれんで、魚となり、身を食わせることで念仏を勧めたのだ。私はこの縁によって浄土に生まれた。疑わしいと思うなら、魚の骨を見るがいい」

食べ終わった魚の骨は一カ所に捨ててありました。人々が見たとき、それはすべて蓮の花に変わっていたのです。人々はみな慈悲の心を起こし、殺生をせず、阿弥陀仏を念じるようになりました。彼らはみな、浄土に生まれました。

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(すべての人が浄土に生まれたので)島には誰もいなくなり、荒れ果てていました。執師子国の獅子賢大阿羅漢が神通力でかの島に至り語り伝えたといいます。

 

【原文】

巻4第37話 執師子国渚寄大魚語 第卅七 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

●なぜスリランカの話が多いのか
執獅子国とはセイロン島(現在のスリランカ)にあった国の名前。この話の舞台はその近隣の孤島になっている。

インドは広い。海を知らずに一生を終える人も多い。釈迦も生涯、海を見ずに終わった人である(セイロン島で説教したという伝説はあるが、たぶん伝説だ)。したがって、多くの物語は大陸で生まれる。舞台も大陸になるのが自然だろう。

にもかかわらず、『今昔物語集』にはセイロン島の話がよく取り上げられている。

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おそらく、大陸の話より島の話ほうが日本人には理解しやすいためだろう。

 

そして誰もいなくなった

この話でおもしろいのは、島の全員が阿弥陀仏の名号を唱えたために極楽往生して、島には誰もいなくなったと語られていることだ。

動物に化身した阿弥陀仏が名を唱えることを求め極楽に誘うのは前話も同じである。しかし、誰もいなくなったと言うことはできない。陸続きで人の往来がないのはどう考えても不自然だし、昔の話にしても「じゃあ今、人がいるのはどうしてよ」というツッコミが入るからだ。そのため、前話ではメインのキャラクター(王など)は国に残っている。

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だがこの話は孤島が舞台である。自給自足していることもさりげなく語られている。ここは交易なき孤立した島なのだ。
全員が戒を守り極楽往生すれば島には人がいなくなる。たぶん、この話はそれが主眼なのだろう。阿弥陀仏にすがればこんな苦しい世に住む者はいなくなるぜ、と語りたいのだ。

そういやアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』も絶海の孤島の話だったな。

ところで、スリランカは仏教国といわれているが、多くの人に信仰されているのは上座部仏教である。大乗仏教が差別的に「小乗」と呼んだ教えだ。カンボジア、タイ、ミャンマーなど、仏教国の多くはこれを信仰している。

(大乗/小乗とはなにか)

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阿弥陀仏大乗仏教の仏である。したがって、今スリランカに住んでいる人に阿弥陀仏の名を言う人はほとんどいないのだ。当然その近隣の孤島にもいないだろう。

阿弥陀仏と唱える者はいなくなった」というのは、その現状と符合していておもしろい。

この話は執獅子国(スリランカ)の阿羅漢が神通力で知り得たということになっているが、阿羅漢とは聖者というような意味で、上座部仏教にもいる。したがってこれも、現状と合っているわけだ。偶然だと思うけど。

 

 ●「阿弥陀魚と唱える」

この話は漢籍三宝感応要略録』に見える話だという。『今昔物語集』はここからとった話がとても多い。

ci.nii.ac.jp

文中、「阿弥陀魚と唱える」とあるのは『今昔』の誤りだろうということだ。『三宝感応要略録』の同じ箇所は「阿弥陀仏」と記載されている。

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(国宝 山越阿弥陀図)

巻五第十二話 五百人の皇子、国王の行幸中に皆そろって出家してしまう話

巻5第12話 五百皇子国王御行皆忽出家語 第十二

今は昔、天竺に国王がありました。五百人の皇子を持っていました。

あるときの行幸のことです。国王は五百人の皇子を前に立たせて進んでいくと、たまたま一人の比丘(僧侶)が、琴を弾きながら皇子たちの行く先を横切っていきました。すると、五百人の皇子は皆いっせいに乗り物から出ていき、その比丘の方へ行ってしまいました。 

まもなく、五百人の皇子はそろって出家してしまい、比丘から戒を受けていました。国王はこの様子を見て、すっかり驚いてしまいました。そのとき、一人の大臣が国王の前にやってきて、こう言いました。 

「皇子たちの御前を一人の比丘が琴を弾きながら通っていきました。その琴の音を耳にして、皇子たちはたちまち出家してしまったのです。その琴の音は『有漏の諸法は幻化のごとく、三界の受楽は空の雲のごとし』と響いておりました。これを聞いて、五百人の皇子たちはたちまち人生の無常を感じ、この世の楽しみを厭い、出家なさったのです」

その琴を弾いて通った比丘は今の釈迦仏その方であり、五百人の皇子というのは今の五百羅漢である、とこう語り伝えられているとのことです。

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【原文】

巻5第12話 五百皇子国王御行皆忽出家語 第十二 [やたがらすナビ]

【翻訳】
柳下弘行

【校正】
柳下弘行・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
柳下弘行

ほんやくネット新人の柳下と申します。今年26歳になる若造です。Twitter上で、ほんやくネット訳『今昔物語集』への感想を書いたところ、代表の草野さんから「是非参加を」と誘っていただきました。どうぞよろしくお願いします。まあ、自己紹介はこの程度にしておいて、さっそく解説に入らせていただきましょう。丁寧な文体でものを書くのは得意ではないので、以下から書きやすい文体にさせていただきます。 

今回僕が草野さんから初の「お題」として出されたこの話はとても短く、原稿用紙一枚半にも満たない。話の流れとしては、「天竺のある国王が、皇子たちを連れて行幸に出かけると、その前を琴を弾いた比丘(僧侶)が横切っていった。その比丘が弾くことの音を聞いた皇子たちは、たちまちこの世の無常を感じ、出家してしまった。」とまあ、本当にこれだけである。最後の一文に表れているように、この話は五百人の皇子の、出家への機縁談として書かれている。

個人的に一番面白いところは、五百人の皇子がたちまち出家して行く様を見て、びっくり仰天している、国王である。その様子を想像すると、結構笑える。原文には「国王、此の事を見て、驚き騒ぎ給ふ」とあるから、まさに目の玉飛び出るほど、驚いたんだろう。そりゃ、そうである。僕も、読んでいてそう思った。「いやいや、いきなりすぎるだろう!」って。

大臣が国王に告げる、「有漏(うろ)の諸法は幻化のごとく、三界の受楽は空の雲のごとし」というのは、意味としては「この迷いの世界のおける一切のものごとはすべて実体のないものであり、ただ幻のようにつくられたものに過ぎない。また此の迷いの世界において受ける楽というものも、空にただよう雲のようにはかないものである」といったもの。

「今生きている世界はコンピューターによって作られた仮想現実に過ぎない」というところから物語が始まるのは、ウォシャウスキー姉妹の映画『マトリックス』(1999年)だが、なんとなくそれを想起してしまった(ちなみに映画公開当時はウォシャウスキー兄弟だった)。

最近では僕くらいの若い世代の間でも仮想通貨が流行っているが、これなんかはまさに実体のないつくりものでかつ、雲のようにはかない存在だ。かつてピンク・フロイドというバンドが「Money」という曲の中で、"Money, it's a gas"と歌っていたが、昨今の仮想通貨の登場によって、より一層、この一節が深みを帯びてしまった。

マトリックス』といい、ピンク・フロイドといい、千年前の作品を自分の知っている世界で解釈してしまうのは我ながらどうかとは思うが、しかし、上記の偈頌(げじゅ)と通じる面は少なからずあるのでは、と思っている。

 なお、この話の本質ではないのだが、一応楽器をやっている人間として、比丘が弾いていた「琴」というのは、どんな楽器だったんだろうとは気になる。琴といって真っ先に思い浮かべるのは、床にどっしりと置いて、猫の爪のようなものでガリガリ引っ掻いている(落語の噺「茶の湯」での小僧の言葉)あの楽器だが、この話では、比丘は楽器を弾きながらふらふらと歩いていたのだから、もちろんあれとは違う。まさか車輪が付いていたわけでもあるまいし。

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古くから、日本では弦楽器全般を「こと」と称していたらしいし、明治時代に入ってきたピアノやオルガンをそれぞれ「洋琴」や「風琴」とまで呼んでいたとのことだから、この「琴」という呼称は、結構アバウトだ(なんせ舞台が天竺だし)。まあ普通に考えると、ギターのように抱えて弾く、小型の弦楽器だったんだろうとは思う。 

ギターやその祖先のリュートのような楽器の起源は、アジアにあるかヨーロッパにあるかというのは、研究者によっても分かれる議論ではあるが、僕の弾いているギターとおんなじようなものを、釈迦も弾いていたのかもしれないと考えると、なかなかロマンチックな気持ちになる。

巻四第三十六話 美しい鳥に乗って旅立った人々の話

巻4第36話 天竺安息国鸚鵡鳥語 第卅六

今は昔、天竺の安息国の人は仏法を知りませんでした。

この国に鸚鵡(オウム)という鳥が飛んできました。黄金の色をしていて、白いところや青いところもある美しい鳥です。しかも、この鳥は人間のようにものを話したのです。国王や大臣や、その他さまざまな人が、おもしろがって鳥をしゃべらせていました。

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この鳥は元気がないように見えました。じゅうぶんに肥えているのですが、弱っているようでした。多くの人は、「食べるものがないから弱っているんだ」と考え、「おまえは何を食べるんだ」と問いました。
鳥が答えます。
「私は阿弥陀仏と唱える声を聞くのを食としています。この声を聞くと、肥えて気力も充実するのです。私は他に食べるものはありません。もし、私を養いたいなら、『阿弥陀仏』と唱えてください」
これを聞いて、男も女も貴きも賤しきも、すべての人が競って「阿弥陀仏」と唱えました。

すると、鳥は元気になって、しばらく空の中に飛んでいたかと思うと、帰ってきて言いました。
「すばらしく美しい、豊かな国を見たいとは思いませんか」
多くの人は、「見たい」と答えました。
鳥は言います。
「もし見たいなら、私の羽に乗りなさい」
たくさんの人が、鳥にしたがって羽に乗りました。

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鳥は言いました。
「私の力はまだ少し弱いようです。『阿弥陀仏』と唱えて、私を力づけてください」
羽に乗った者はいっせいに「阿弥陀仏」と唱えました。鳥は、虚空に飛びあがり、西方を指して去りました。

国王や大臣、その他の人々は、これを見て「不思議なことだ」と言いました。
「これは、阿弥陀仏が鸚鵡鳥になって、辺鄙な国の愚かな人々を引接しようとしているにちがいない」
鳥はふたたび帰ることがなかったので、羽に乗った人も帰りませんでした。

「この身このままで往生(極楽に生まれ変わる)したということにちがいない」
その地に寺を建立し、鸚鵡寺と名づけました。斎日(在家信者が戒律を守り行いを慎む日)ごとに阿弥陀の念仏を修したといいます。安息国の人が仏法を悟り、因果を知って、浄土に往生する者多くなったのはそれからだということです。

阿弥陀仏は、心から念じない者をも引接してくださいます。まして、心から念じた人は、極楽に至ること疑いなしと言えましょう。

【原文】

巻4第36話 天竺安息国鸚鵡鳥語 第卅六 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

この話の舞台となる安息国とはペルシア地方の大国パンチャだという。王都はアンチオク、安息国とはそれを音訳したものらしい。「仏法を知らなかった」と表現されているがロケーションから言って仏教伝来が遅かったか流行らなかった可能性は高い。

この話では「ものを言う鳥・オウム」がとてもめずらしいものとされている。「美しい姿をして人間の言葉を話す鳥」が、それを見たことがない人(日本人含む)に与えるインパクトは相当なものだったにちがいない。鳥がこの世ならぬ場所である極楽と結びつけられるのは当然のことだと思われる。

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オウムはたいへんに長寿で、種によっては人よりずっと長生きだ。
だから自分の名前を覚えさせるなんてもってのほかである。鳥は飼い主が死んでからも亡くなった主人の名を言いつづける。そういう鳥は次の飼い主を見つけられない。当たり前だ、見ず知らずの人の名を言う鳥なんか飼えるかよ。

この話に出てくる鳥は人の名ではなく「阿弥陀仏」と仏の名を求める。ああこれはいいなあと思った。ありがたい名前を言う鳥なら飼ってもいいという人があるかもしれない。
鳥に言葉を覚えさせるには何度も言わなければいけないが、ありがたい言葉をくりかえし言うのは飼い主にとってもいいだろう。

とはいえ宗教色が強すぎてかえって嫌がられるかもなー。

巻四第三十五話 子が死んでも動じない父母の話

 巻4第35話 仏御弟子値田打翁語 第卅五

今は昔、天竺。
仏の御弟子である一人の比丘(僧侶)が歩いていました。
老人と若い男がふたり、荒地を耕しています。

比丘が「田を作っているのだろう」と思っていると、若い男が急に倒れ、死にました。老人はこれを見ましたが、それまでと同じようにクワを振り続けています。何も言いません。

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比丘は思いました。
「若い人が亡くなっても何の動揺も見せないとは、年老いているのに、なんと情けない心の持ち主だろうか」

比丘は老人にたずねました。
「その死んだ男は、あなたとどんな関係なのですか」
「私の子です」

比丘はいよいよ不思議に思いました。
「長男ですか、次男ですか」と問うと、老人は答えます。
「長男でも次男でもありません。ただこの子があるだけです」
ますます不思議に思いました。
「母親があるでしょう。どこにいますか」と問うと、「母はあります。あの山のふもとの煙が立っている家に住んでいます」と答えます。
比丘は思いました。「この男はまったくひどい。母親に早く伝えてあげよう」

家に行き着くと、白髪の老婆が一人、糸をつむいでいました。比丘は老婆に告げました。
「あそこで、おばあさんの息子が父親とともに荒れ地を耕していました。お子さんは亡くなりました。子どもが死んだのに、父親はまったく動揺した様子を見せず耕し続けています。いったいどうしたことでしょうか」
老婆はこれを聞いら嘆き悲しむだろう。そう思ったのですが、彼女もまったく動揺せず、「(父親が動揺しないのは)当然のことです」と言って、糸をつむぎ続けていました。

比丘はこれを怪しみ、老婆に問いました。
「目の前で子が死ぬのを見ても、父親はまったく驚きませんでした。これはおかしいと急いで母親に知らせると、母親もまったく驚きません。いったいなぜでしょうか。理由があればお聞かせ願いたいのです」
老婆は答えました。
「たいへん嘆かわしいことだとは思います。しかし一年前、夫とともに、仏様が法を説くのを聞きました。仏様がおっしゃるに、『諸法は空である。有と考えるのは誤りだ。すべてのことは空であると思うべきだ』とのことです。その説を聞いてから、すべてのことは、ないのと同じだと考えています。それで夫も私も、子が死ぬのを見ても、何も思わなかったのです」
これを聞くと、比丘はとても恥ずかしく思いました。

賤しき農夫でさえ、仏の御法を信じて、子の死を悲しまない。にもかかわらず、自分はそのことを忘れていた。よこしまな考えにとらわれていた。そう感じ、おおいに恥じたとのことです。

【原文】

巻4第35話 仏御弟子値田打翁語 第卅五 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

前話は大金、この話は息子を失っても動じない話で、二話一類がつらぬかれている。

hon-yaku.hatenablog.com

父母の行動には納得がいかないところもあるが、深く追求せずにおこう。

現代なら人が亡くなったらやれ葬儀はどこでやるとか焼き場はどこにするとか坊主は誰に頼むとか大わらわ、こんなに悠長にしてはいられないだろうな。人が亡くなるということは山ほど事務手続きが押し寄せるということだ。

 

貨幣経済、ボランティア、テクノロジーそして千年の心

今昔物語集』が書かれた時期は、貨幣経済がほとんどなかった時代です。
このテーマは歴史学者網野善彦の著書にくりかえし出てきます。


じゃあ下の話はどう説明つけんのさと食ってかかりたくなりますが、当時は文盲率が驚くほど高かったですから、これは字が読める知識人(すさまじく数がすくない)だけに通じる話だったのかもしれません。

hon-yaku.hatenablog.com

貨幣経済、ボランティアそしてこのプロジェクトを運営することで自分に芽生えてきた千年の心に関して書きました。

shimirubon.jp

貨幣とはテクノロジーであり、テクノロジーとはなにかを失って得るものだという話をしたいんだ。下ですこしふれたけど、何度でも書きたい。これ言ってる人あんまりいないし、たいがいの人は目の前の世界がすべてだと思っているから。現状打破のヒントは絶対にここにあるはずだ。

news.kodansha.co.jp

同じテーマはここでも書いてる。

news.kodansha.co.jp

近いうち独自ドメインを取得しようと思っています。

巻五第二話 国王が山に入って姫を獅子に取られる話

巻5第2話 国王狩鹿入山娘被取師子語 第二

今は昔、天竺にある国がありました。その国の王は山へ行き、人を使ってほら貝を吹かせたり鼓を鳴らしたりと山間に入らせて鹿を脅かして追いたて、そのように楽しむことがありました。さて、その王にはそれは大事にしていた姫が一人ありました。片時も傍から離すことなく大切に育て、山へ行くときにも姫を籠に乗せて連れて行きました。

日暮れ間際、この鹿追いで山に入った者たちが獅子が寝起きをする洞穴に入り込んでしまいました。脅かされた獅子は崖の上に立ちはだかり、その者たちに激しく凄まじい声で吠えかかりました。そうしてどの者もその恐ろしさに取り乱し、その場から逃げ去りました。走って転んでしまった者も多く、娘が乗っていた籠持ちもそれを捨てて行ってしまいました。国王も方角も分からずともその場を後にし、王宮へ戻りました。

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その後、この姫の乗った籠について尋ねさせましたが、籠持ちはすべてを置き去りにして逃げてしまったと言いました。国王はそれを聞き、歎き悲しんで延々と泣き続けました。そのままに姫を置き去りにしておくわけにもいかず、捜索の為に多くの人を山へ送ろうと試みましたが、あまりの恐怖に誰一人としてそれを引き受ける人がありませんでした。

獅子は脅かされたので足で土をひっかき、大声で吠えながら山中を走り回っていると、ひとつの籠があることに気づきました。籠の垂れ絹を食いちぎって中を覗くと、そこには美しい女が乗っていました。獅子はこれを見て喜び、背中に乗せていつもの棲みかとしている洞穴へ連れて行きました。獅子はもちろん姫君を抱きしめて寝ました。姫はまったく正気を失うことなく、しかし生きているとも死んでいるともいえない心地でいました。

そうして数年が過ぎ、獅子は姫を身ごもらせ、臨月になって姫は子を産みました。生まれた子は容姿が整った普通の人間の男の子でしたが、十歳を過ぎる頃になると、勇ましく足の速さとなると尋常ではないことが明らかになりました。

子は母が長い間嘆き悲しむのを目にしてきていました。ある時、父の獅子が食べ物を探しに出かけている間に、「長い間悲しんでいつも泣いていますが、どんな心配事があるのですか? 親子の仲ではないですか。私には隠さないで下さい。」と子は母に尋ねました。母は更に泣き続けて何も言いません。しかししばらくした後、泣きながら母はこう言いました。「私はこの国の国王の娘なのです。」こうして、事の始まりから今に至るまでに起きたことを話しました。

子はそのいきさつを聞き、母と同じくとめどなく泣きました。「都に行きたいのであれば、父が戻らないうちに行きましょう。父の足が速いのはわかっています。でも自分と同じであってもそれよりも速いことはないはずです。だから都に連れて行って隠れて住んでもらい、私がお母さんのお世話をします。私は獅子の子ではあるけれど、お母さんの側に近いのか、人として生まれました。さあ、都に行きましょう。早く背中に乗ってください。」と懇願すると、母は喜びながら背負われました。背に母を乗せ、子はまるで鳥が飛ぶかのように都へ向かいました。母に相応しい人の家を借りて隠し住まわせ、子は大事に母の世話をしました。

父である獅子が洞穴に戻ると、妻と子の姿がありません。「逃げて都へ行ってしまったのか。」と思い悲しんで都の方へ行き、吠えわめきました。国王を含め、これを耳にした人々は慌てふためいてひどく恐れうろたえました。この事態を治めようと、国王は「この獅子による災いから免れるために獅子を殺すことのできる者には、この国の領土の半分を与える」という命を下しました。

そうして獅子の子はその知らせを耳にし、「獅子を討伐してその身を献上するので、その報酬をいただきたい。」と国王に掛け合いました。国王はそれを聞き、「打ち倒して差し出せ。」と答えました。獅子の子はこの命を受け、「父を殺すというのはこの上ない罪ではあるけれども、私はこの領土の半分の国の王となることができ、そして人間である母を世話していくことができる。」と思い、弓矢を携えて獅子である父のいる場所へと向かいました。

獅子は自分の子を目の前にして、地面に寝そべり転がりながらそれは喜びました。仰向けになり足を伸ばして子の頭を舐めたり撫でたりしている間に、子は毒塗りの矢を獅子のわき腹に突き立たせました。獅子は子を恋しく思うばかりでまったくそれに怒る気配もなく、さらには涙を流して子を舐め続けました。しばらくして獅子は息絶えました。そして子は父の獅子の頭を切り落として都へ持ち帰り、即国王に見せつけました。国王はこれを目にして驚き動揺しました。約束通りに国土の半分を与えようとしましたが、まずはと殺すに至った様子を尋ねました。獅子の子は「この機会に事の始まりからの話をして、私が国王の孫であることを知っていただきたい。」と思い、母がそれまでに言い聞かせてきたことを話し始めました。

国王はその話を聞き、「それならば私の孫であるのか。」と理解しました。「すでに交わした命に従い国の半分を分け与えるとはしたが、父親を殺した者を褒めたたえれば私もその罪から逃れられないことになる。しかしそうではあっても、報酬を取りやめれば全く約束を守らないことになる。ならば、遠くにある領土を与えよう。」ということで、ある国を与え、母と子をそこへ行かせました。

獅子の子はその領土の国王となりました。その子孫が今でもその土地に住んでいます。その国の名前は「執獅子国(しゅうししこく、現在のスリランカ)」だと語り伝えられています。

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【原文】

巻5第2話 国王狩鹿入山娘被取師子語 第二 [やたがらすナビ]

【翻訳】
濱中尚美

【校正】
濱中尚美・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
濱中尚美

このお話の登場人物は表題にある三人(獅子もそのひとつとして)ではなくて四人なのですが、読み進めていくと姫の存在があるようで薄くなり、表題にはない第四者がこの物語の主人公になることがわかります。その姫を母とする子が自分の母の世話をするためにその国の王になる。そこまでしなくてもひっそりと幸せに暮らせたんじゃないの? と思わなくもないのですが。

国王とその娘が生き別れになってしまって気の毒だったなあと思ったのですが、その失われたはずの自分の娘が実は生きていて、しかも自分の孫にあたる若者が王の面前に現れたとき、王は自分の娘に会いたいと思わなかったのでしょうか。そしてその若者が自分の父である獅子の頭を切り落として(若者の心の葛藤がほぼ読み取れないのが不思議なくらい)祖父の王の前に差し出したとき、それをやり遂げてしまった若者を王がひどく恐れたとしても、自分の娘までも遠くへとやってしまうということはどういう心境だったのでしょうか。王というのは普通一般の感覚からすると理解に苦しむような選択をしてしまうものなのでしょうか。

今昔物語集の作者は不明ではありますが、このお話の内容はもともと中国の玄奘三蔵によって西暦7世紀に書かれたインドへの旅の見聞録・地誌「大唐西域記」に収められているようです。インドから中国を経て日本に仏教がもたらされる流れの中にこの話もあったのですね。 

小説「西遊記」の原本でもあります。

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玄奘三蔵の生涯-薬師寺公式サイト|Guide-Yakushiji Temple

国立国会図書館貴重書展:展示No.11 大唐西域記

玄奘三蔵の旅路を地図で見ると、壮絶だったんだろうなということは想像に難くないです。よくやりましたね。長距離バスとかまさか走っていないですし。

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詳細に異なることがあるようですが、このお話は更にはマハーワンサ(Mahāvaṃsa)にある物語だということにも広がります。マハーワンサは西暦5世紀に記されたスリランカの宗教と歴史に関する書物で、玄奘三蔵はインドで仏典の研究と仏跡の巡礼をする間にこれに出会い、そしてこの話を中国に持ち帰って翻訳したのではないでしょうか。そんな大昔に遡りながら、現在スリランカとされる国がどのようにできたのかを物語として示すいくつかの媒体がアジアの各地域に現存しているということなのですね。

mahavamsa.org


物語の途中で存在感がなくなる獅子に関してですが、どうして獅子だったのでしょうか?物語には隠れた意図が示されることがありますが、ここでも隠喩らしきものがあるとすると、やはり獅子(ライオン)は百獣の王であるというそれへの警戒心なのではないか、そう思います。万が一これが本当のお話だとして、ご先祖様がライオンって、国としてはいいんですかね? そういえば国内闘争でのお相手はタミルのトラですね。なるほど。

fishand.tips

インドといえばベンガルトラの生息地としてよく知られると思いますが、保護によってインド西部のみに現在生息するインドライオンが大昔にはアジアのこのあたりの地域にたくさん?いたのだろうと思います。権力を持つ者が知恵や勇敢さを備える人間の存在を恐れるというのは、なんだかどの国のどの時代にも変わりないことのようですね。

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インドライオン

 

今昔物語集にあるこのお話は仏教説話にあたるもので、そういう場合は何かしら教訓のようなものが込められているのでは、と思います。ではこのお話の教訓は一体何なのでしょうか? 私の見解では、王たるものは情に流されてものを決断するものではない、そんなところではないかと。結果としてそれが良いのか悪いのか、それは王のみが理解できることかもしれません。この物語集が書かれた当初、それを読むことのできる立場にあった日本の権力者たちなどは、これを一体どう思ったのでしょうか。

 

今昔物語集』には下記の話もあります。

玄奘三蔵

hon-yaku.hatenablog.com

 

スリランカ建国秘話(シンハラとタミルの抗争)

hon-yaku.hatenablog.com

巻四第三十四話 大金を投げ捨てた兄弟の話

巻4第34話 天竺人兄弟持金通山語 第卅四

 今は昔、天竺に兄弟がありました。ともに旅をするうち、それぞれが千両の金を得ました。

山々を通っていくうち、兄は思いました。
「弟を殺し、千両の金を奪って、私の千両に加えれば、二千両になる」

また、弟はこう思いました。
「兄を殺し、千両の金を奪い、私の千両の金に加えて、二千両を持ちたい」

お互いがそう考えていましたが、心を決められずにいました。やがて山を過ぎ、川に至りました。兄は、自分の千両の金を川に投げ入れました。

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弟はこれを見て、兄に問いました。
「なぜ、金を川に投げ入れたのですか」
兄が答えました。
「山を通っているとき、『弟を殺して、持っている金を奪ってやろう』と思った。ただひとりの弟なのに、そう思ったのだ。この金を持っていなかったなら、『弟を殺そう』などとは考えなかっただろう。だから、投げ入れたのだ」

弟は言いました。
「私も同じです。『兄を殺そう』と思いました。金を持っていたせいです」
そう言って、弟も持っていた金を、川に投げ入れました。

人は食を求めて命を失うことも、財を求めて身を害することもあります。金を持っておらず貧しいからといって、それを嘆くにはあたりません。六道四生(ろくどうししょう)に落ちることも、財をむさぼるためだと語り伝えられています。

 

【原文】

巻4第34話 天竺人兄弟持金通山語 第卅四 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

じつは、兄の行動は殺意の喪失の証明にはなっていない。自分の財を投げ捨てても、「殺したい」という欲求を捨てたことにはならないのだ。黒澤明の『天国と地獄』じゃないけど、人間、素寒貧になったら殺意がつのるもんである。

しかし、彼の言葉には真実が宿っている。痛みをともなった発言のみが持つ迫真力がある。

口先だけの意見には、なんの説得力もない。うるせえだけだ。
言いたいことがあるなら、行動で示してみせろ。
自分がキモチいいから言ってるんじゃないと示すには、痛みを伴わなければならない。

……ということを以前書いたことがある。

shimirubon.jpそのセリフが嘘かホントか見分けるのはとても簡単だ。それを言うことで痛んでいるかどうか。
痛みを伴わないセリフは信用しないことにしている。目下のところ、それで誤ったことはない。

「六道四生」とは、地獄道・餓鬼道・畜生道修羅道・人間道・天道の六道に、胎生・卵生・湿生・化生(けしょう)の四生を重ねた言い方。仏教においては「救われない生き方/生まれ方」とされるものである。

巻四第三十三話 牛をほめて賭けに勝った話

巻4第33話 天竺長者婆羅門牛突語 第卅三


今は昔、天竺に長者とバラモンがありました。千両をかけて牛を闘わせていました。日を決めて、それぞれが一頭ずつ牛を出し、闘う様子を眺めるのです。これを見に来る人も多勢いました。

長者が言いました。
「私の牛は弱い牛だ。角・面・頸・尻それぞれに、皆力無(ちからな)の相がある」
牛は、長者の言葉を聞いて意気消沈し、「自分はきっと負けるだろう」と思いました。
じっさいに闘わせてみると、長者の牛は負けました。長者は、千両の金をバラモンに支払うことになったのです。

長者は家に帰ると、牛に向かって恨み言をいいました。
「おまえが今日負けたから、私は千両の金を取られたのだ。頼りがいのないやつだ。情けない」
牛はこれに答えて言いました。
「私が今日負けたのは、あなたが私を『弱い』と言ったからです。私はあなたの言葉を聞いて魂が失せ、力を出すことができませんでした。負けたのはそのせいです。もし、金を取り返したいと思うならば、私をほめてもう一度闘わせてみてください」

長者は、牛の言葉を聞き、再度闘わせてもらえるよう頼みました。バラモンは以前勝っていますから、「今度は三千両を賭けてやろう」と言いました。長者もこれを請けました。

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その後、牛を出し合いました。長者は、牛の言葉にしたがい、牛をこれ以上ないほどほめました。闘った結果、バラモンの牛が敗れ、バラモンは三千両の金を払いました。すべてのことは、ほめることによって花開き、功徳を得ることになります。そう語られているそうです。

 

【原文】

巻4第33話 天竺長者婆羅門牛突語 第卅三 [やたがらすナビ]

 【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

ほめて伸ばす。千年以上前から言われてるんですよ。難しいってことですね。

 

巻四第三十二話 薬が人となり皇子を救った話

巻4第32話 震旦国王前阿竭陀薬来語 第卅二

今は昔、震旦(中国)に皇子がありました。容姿が端正で美しい心をもっていました。父王はこの皇子をたいへんに愛していました。

やがて、皇子は重い病を得て床につき、数か月が経ちました。国王はこれを歎き、天に祈るとともに各種の薬を与えて療治しましたが、病は癒えません。

そのころ大臣として、たいへん位の高い医師がおりました。しかし国王はこの大臣ととても仲が悪く、敵のようでした。皇子の病も、この大臣には相談しませんでした。しかし、この大臣は医学に通じています。国王は年来の怨みを捨て、大臣を召し、皇子の病についてたずねました。

大臣は大いに喜び参内しました。
国王は言いました。
「私たちは長い間、たがいに怨みの気持ちを持っていて、親しまなかった。皇子が身に病をもち煩いついて、多くの医師を召して療治させたが、癒えることはなかった。年来の怨みを忘れて、そなたを呼び寄せたのはそのためだ。皇子の病を療治してほしい」
大臣が答えました。
「年来、勅命をいただけず、暗い夜のようでした。今、命をたまわり、まるで夜が明けたようです。すぐに皇子の病を見ることにしましょう」

大臣は皇子を見て言いました。
「すぐに薬を処方しましょう。これを服していただければ、病は癒えるはずです」
国王はこれを聞き、大いに喜びました。
「薬の名は何という」
大臣は困りました。薬ではなく、人が服せば、即座に死に至る猛毒を処方していたからです。この機会に年来の怨みを晴らし、皇子を殺そうとしたのです。
大臣は国王に答えなければならないので、苦しまぎれに「これは阿竭陀薬(あがだやく)と申します」と言いました。
国王はこの薬の名を聞いて、「その薬を服した人は、死ぬことがないという。皷(つづみ)に塗って打つ音を聞いた者は、病を失うという。これを飲んだ人の病が癒えないはずはない」と深く信じて、皇子に与えました。

その後、皇子の病はたちまち癒えました。薬を与えた後、大臣は既に家に帰っていて、「皇子はそろそろ死んだころだ」と思っているところに「すぐ癒えた」という話を聞き、妙に思いました。国王は、皇子の病を癒したのは大臣の徳であると喜びました。

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やがて、日が暮れました。夜になって、国王の部屋の扉を叩く者があります。国王はあやしんで、「扉を叩くのは誰だ」と問います。すると、「阿竭陀薬が参りました」と答えがかえってきました。
国王は、「不思議なことがあるものだ」と思いつつ、扉を開くと、端正な若い男女が座っています。男女は国王の御前に出て、言いました。
「私たちは阿竭陀薬です。今日、大臣の持参して、皇子に服用させた薬は、ひとたび口に入れればたちまち命を失う猛毒です。大臣は皇子を殺すために、毒を『薬です』と言って服用させようとしたのです。そのとき王が『これは何という薬だ』と問うたので、大臣は答えることができず、『これは阿竭陀薬です』と心にもないことを答えました。王は、これを深く信じて皇子に与えようとしています。このとき、『阿竭陀薬です』という大臣の答えがほのかに聞こえました。『このままでは、阿竭陀薬を飲む人は、たちまち死に至ると知れ渡ってしまう』と思ったので、私たちが代わりに服されることにしました。すると、病はたちどころに癒えました。私たちはこれを申し上げるために来たのです」
そう語ると、男女は姿を消しました。

国王はこれを聞いて、肝がつぶれるほど驚きました。そしてまず大臣を召して、ことの次第を問いつめました。大臣は隠すことができず、首をはねられました。皇子はその後、病をせずに長生きしたといいます。これは阿竭陀薬を飲んだからです。

すべては、信じるところからはじまります。信じることで、このように重篤な病も癒えます。そう語り伝えられているということです。

【原文】

巻4第32話 震旦国王前阿竭陀薬来語 第卅二 [やたがらすナビ]

 【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

震旦とは「チーナ・スターナchina staana」、秦を梵語読みしたものを漢語にしたもの(ややこしい!)で、中国を意味する言葉だ。つまり、震旦とChina、支那は同じ語源である。

今昔物語集』は大きくわけて3つのパートにわかれている。

巻一~巻五 天竺部(インド)
巻六~巻十 震旦部(中国)
巻十一~三十一 本朝部(日本)

これは震旦の話であるから、震旦部に入れるのがセオリーなのだろう。ところが、巻四(天竺部)に入れられている。これは、よく似た話を二篇(ときには三篇)続けて紹介する「二話一類」のためだろう、と国文学者の国東文麿先生が書いておられた。

すなわち、前の話が薬の話だから、この話が続けてとりあげられたのである。

前の話はこちら。

hon-yaku.hatenablog.com

二話一類に関してはここでも説明されている。

hon-yaku.hatenablog.com

阿竭陀薬とは不老不死の薬だそうだ。
こういう薬は今もないですね。

この次の話も「信じるって大事だよ」がテーマで、二話一類が貫かれている。

なお、この話の原文には空白がある。『今昔物語集』は話を先に記しておいて後から固有名詞などを書き入れることが多かったので、空白がけっこうあるのだ。現代語訳はあらかじめ空白はないものとして訳出した。

 

【協力】クレジットに関して(援助について)

このプロジェクトは独自ドメインを取得しオリジナルのウェブページでサービスを展開するのがもっとも適当だと考えています。
やがては電子書籍の形で誰でも入手可能なかたちをとります。

とはいえ、ボランティアで運営している悲しさか、資金的にはまったくプラスを得ることができておらず、現在のところ歩みも遅々としています(それでも当初よりはずいぶん早くなりましたが!)

このプロジェクトへの経済的援助を求めます。

経済的援助とは、「翻訳スタッフとして参加はできないが、ヘルプはする」というスタンスでご協力いただくことです。

援助いただいた方は、【協力】としてクレジットいたします。

個人的には、この「クレジット」ってすごいことだと思ってるんだけどね。
あんたの名前は永遠になるんだ。そんな機会そうそうないぜ!

援助は一口三千円とお考えください。

すなわち、かりに三万円援助いただいたとすれば、翻訳10回分のご協力をいただいたことになります。

手順は個人情報にかかわることがたいへん多いので、

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までご連絡をお願いいたします。

あなたの功績は1000年残る。

 

あなたが華族の血筋なら別ですが、そうでないかぎり墓は100年もちません。
あなたの周囲に100年以上残ってる墓がありますか? 
ほとんどないはずだし、あっても誰が入ってるかわからないはずです。

つまり、墓というモニュメントは、あなたの人生を、存在を、記録してはくれないのです。あなたが苦労して建てたお父さんやお母さんの墓も同様です。

なぜ残らないのか。
理由は単純です。墓は人の役に立たないからです。

このプロジェクトに参加すれば、あなたの名は1000年残ります。

このテキストをごらんください。
【翻訳】【校正】【協力】【解説】、それぞれクレジットが入っています。
今は全部わたしの名前ですが、あなたがやればあなたの名前になります。

テキストがあるかぎり、あなたの名前は残ります。すくなくともあなたの墓よりずっと長く残るでしょう。

しかも、かならず誰かの役に立つ。
このテキストを必要とする人はかならずいます。今はいなくても、将来はかならずいます。

あなたがすることは、1000年前のテキストを、1000年後に伝えることです。
ああ、なんてロマンチックなんだろう!
このプロジェクトはとってもとっても地味ですが、これ以上ないほどロマンチックだと思っています。

1000年後に残る文章を書いている作家やライターは、世界中探したってほとんどいません。
あなたはすごいことをやるんだよ。