今昔物語集 現代語訳

『今昔物語集』の現代語訳と解説。有志の参加者募集中です。

『今昔物語集』現代語訳 プロジェクト参加者募集!

今昔物語集』は芥川龍之介の小説や黒澤明の映画の原案となった日本が世界に誇る文学作品です。成立はおよそ1000年前

アメリカは建国してまだ250年経っていませんからこの作品がいかに貴重なものかわかります。

まさに国の宝というべき文学作品ですが、誰もが簡単にアクセスできるものにはなっていません。

現代語訳はこの状況を変革すべく進められています。

いずれオリジナルのドメインとウェブページを制作する予定です。

このプロジェクトにはあなたの力が必要です。

自分には古典文学の読解なんかできないと思ってる人も多いかもしれません。
そんなことはありません。
代表(この文を書いてる人)は英文科卒業、古文についてきちんと習ったのは大学受験までです。経歴のどこを探しても古文は出てきません。

翻訳にとって重要なのは、原文を読み下す能力よりも現代日本語の表現能力です。

 

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これは1000年前の文学を1000年後に届ける試みだと考えています。
自分の書いているものを1000年後の人に届かせたいと思って書いてる作家やライターなんて世界にもほとんどありません。あなたはすごいことをやるんだよ。

代表は身障者(歩行能力その他がありません)ですが、身障者や高齢者など、理由あって社会参加できない人もこのプロジェクトに参加してほしいと考えています。あなたの力が生かせる場所があるんだ。

こちらの要項を参照し、ぜひご参加ください。

 

hon-yaku.hatenablog.com

 

基本的に物語を翻訳いただくかたちで参加いただいています。

物理的にそれが困難な場合には経済的援助という形で関わってください。

一口三千円です。

 

このプロジェクトの立ち上げに際して、代表の鼻息の荒い様子を、シミルボンでレポートしました。

shimirubon.jp

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続けられるかぎり続けようと思っています。ネタは尽きないはずだから。

 

巻四第三十七話 阿弥陀と呼ばれる魚、島に誰もいなくなる話

巻4第37話 執師子国渚寄大魚語 第卅七

今は昔、天竺の執師子国の西南、目がとどく範囲に、絶海の孤島がありました。500余の家が漁をして生活しており、仏法を知らなかったといいます。

あるとき、島に数千の大魚がやってきました。島の人はこれを見てたいそう喜びました。近くで見てみると、魚たちはまるで人のように「阿弥陀仏」と唱えています。漁師たちは魚がなぜその名を唱えているかを知らず、ただ魚がそう言っているので、この魚を阿弥陀魚と名付けました。

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漁師たちが「阿弥陀魚」と唱えると、魚は岸に近くに寄ってきます。彼らはしきりに阿弥陀魚と唱え、魚を寄せました。寄ってくれば殺されるにもかかわらず、魚はまったく逃げませんでした。
とてもおいしい魚でしたが、名を唱える数によって味が異なるのです。名を多く唱えると、魚はとても美味です。しかし、あまり名を唱えないと、魚はすこし辛く苦い味がしました。そのため、その海岸一帯は「阿弥陀仏」と唱える声でいっぱいになりました。
(ここは「阿弥陀魚」でなく「阿弥陀仏」。解説参照)

やがて、はじめて魚を食べた人が亡くなりました。その三か月後、彼は紫の雲に乗って光明を放って現れ、こう告げました。
「私は魚を捕った者の長老である。命が尽きて、極楽世界に生まれた。魚のおかげで、阿弥陀仏の御名を唱えたからだ。魚は阿弥陀仏の化身である。仏は、われわれが仏法を知らぬことをあわれんで、魚となり、身を食わせることで念仏を勧めたのだ。私はこの縁によって浄土に生まれた。疑わしいと思うなら、魚の骨を見るがいい」

食べ終わった魚の骨は一カ所に捨ててありました。人々が見たとき、それはすべて蓮の花に変わっていたのです。人々はみな慈悲の心を起こし、殺生をせず、阿弥陀仏を念じるようになりました。彼らはみな、浄土に生まれました。

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(すべての人が浄土に生まれたので)島には誰もいなくなり、荒れ果てていました。執師子国の獅子賢大阿羅漢が神通力でかの島に至り語り伝えたといいます。

 

【原文】

巻4第37話 執師子国渚寄大魚語 第卅七 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

●なぜスリランカの話が多いのか
執獅子国とはセイロン島(現在のスリランカ)にあった国の名前。この話の舞台はその近隣の孤島になっている。

インドは広い。海を知らずに一生を終える人も多い。釈迦も生涯、海を見ずに終わった人である(セイロン島で説教したという伝説はあるが、たぶん伝説だ)。したがって、多くの物語は大陸で生まれる。舞台も大陸になるのが自然だろう。

にもかかわらず、『今昔物語集』にはセイロン島の話がよく取り上げられている。

hon-yaku.hatenablog.com

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おそらく、大陸の話より島の話ほうが日本人には理解しやすいためだろう。

 

そして誰もいなくなった

この話でおもしろいのは、島の全員が阿弥陀仏の名号を唱えたために極楽往生して、島には誰もいなくなったと語られていることだ。

動物に化身した阿弥陀仏が名を唱えることを求め極楽に誘うのは前話も同じである。しかし、誰もいなくなったと言うことはできない。陸続きで人の往来がないのはどう考えても不自然だし、昔の話にしても「じゃあ今、人がいるのはどうしてよ」というツッコミが入るからだ。そのため、前話ではメインのキャラクター(王など)は国に残っている。

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だがこの話は孤島が舞台である。自給自足していることもさりげなく語られている。ここは交易なき孤立した島なのだ。
全員が戒を守り極楽往生すれば島には人がいなくなる。たぶん、この話はそれが主眼なのだろう。阿弥陀仏にすがればこんな苦しい世に住む者はいなくなるぜ、と語りたいのだ。

そういやアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』も絶海の孤島の話だったな。

ところで、スリランカは仏教国といわれているが、多くの人に信仰されているのは上座部仏教である。大乗仏教が差別的に「小乗」と呼んだ教えだ。カンボジア、タイ、ミャンマーなど、仏教国の多くはこれを信仰している。

(大乗/小乗とはなにか)

hon-yaku.hatenablog.com

阿弥陀仏大乗仏教の仏である。したがって、今スリランカに住んでいる人に阿弥陀仏の名を言う人はほとんどいないのだ。当然その近隣の孤島にもいないだろう。

阿弥陀仏と唱える者はいなくなった」というのは、その現状と符合していておもしろい。

この話は執獅子国(スリランカ)の阿羅漢が神通力で知り得たということになっているが、阿羅漢とは聖者というような意味で、上座部仏教にもいる。したがってこれも、現状と合っているわけだ。偶然だと思うけど。

 

 ●「阿弥陀魚と唱える」

この話は漢籍三宝感応要略録』に見える話だという。『今昔物語集』はここからとった話がとても多い。

ci.nii.ac.jp

文中、「阿弥陀魚と唱える」とあるのは『今昔』の誤りだろうということだ。『三宝感応要略録』の同じ箇所は「阿弥陀仏」と記載されている。

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(国宝 山越阿弥陀図)

巻五第十二話 五百人の皇子、国王の行幸中に皆そろって出家してしまう話

巻5第12話 五百皇子国王御行皆忽出家語 第十二

今は昔、天竺に国王がありました。五百人の皇子を持っていました。

あるときの行幸のことです。国王は五百人の皇子を前に立たせて進んでいくと、たまたま一人の比丘(僧侶)が、琴を弾きながら皇子たちの行く先を横切っていきました。すると、五百人の皇子は皆いっせいに乗り物から出ていき、その比丘の方へ行ってしまいました。 

まもなく、五百人の皇子はそろって出家してしまい、比丘から戒を受けていました。国王はこの様子を見て、すっかり驚いてしまいました。そのとき、一人の大臣が国王の前にやってきて、こう言いました。 

「皇子たちの御前を一人の比丘が琴を弾きながら通っていきました。その琴の音を耳にして、皇子たちはたちまち出家してしまったのです。その琴の音は『有漏の諸法は幻化のごとく、三界の受楽は空の雲のごとし』と響いておりました。これを聞いて、五百人の皇子たちはたちまち人生の無常を感じ、この世の楽しみを厭い、出家なさったのです」

その琴を弾いて通った比丘は今の釈迦仏その方であり、五百人の皇子というのは今の五百羅漢である、とこう語り伝えられているとのことです。

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【原文】

巻5第12話 五百皇子国王御行皆忽出家語 第十二 [やたがらすナビ]

【翻訳】
柳下弘行

【校正】
柳下弘行・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
柳下弘行

ほんやくネット新人の柳下と申します。今年26歳になる若造です。Twitter上で、ほんやくネット訳『今昔物語集』への感想を書いたところ、代表の草野さんから「是非参加を」と誘っていただきました。どうぞよろしくお願いします。まあ、自己紹介はこの程度にしておいて、さっそく解説に入らせていただきましょう。丁寧な文体でものを書くのは得意ではないので、以下から書きやすい文体にさせていただきます。 

今回僕が草野さんから初の「お題」として出されたこの話はとても短く、原稿用紙一枚半にも満たない。話の流れとしては、「天竺のある国王が、皇子たちを連れて行幸に出かけると、その前を琴を弾いた比丘(僧侶)が横切っていった。その比丘が弾くことの音を聞いた皇子たちは、たちまちこの世の無常を感じ、出家してしまった。」とまあ、本当にこれだけである。最後の一文に表れているように、この話は五百人の皇子の、出家への機縁談として書かれている。

個人的に一番面白いところは、五百人の皇子がたちまち出家して行く様を見て、びっくり仰天している、国王である。その様子を想像すると、結構笑える。原文には「国王、此の事を見て、驚き騒ぎ給ふ」とあるから、まさに目の玉飛び出るほど、驚いたんだろう。そりゃ、そうである。僕も、読んでいてそう思った。「いやいや、いきなりすぎるだろう!」って。

大臣が国王に告げる、「有漏(うろ)の諸法は幻化のごとく、三界の受楽は空の雲のごとし」というのは、意味としては「この迷いの世界のおける一切のものごとはすべて実体のないものであり、ただ幻のようにつくられたものに過ぎない。また此の迷いの世界において受ける楽というものも、空にただよう雲のようにはかないものである」といったもの。

「今生きている世界はコンピューターによって作られた仮想現実に過ぎない」というところから物語が始まるのは、ウォシャウスキー姉妹の映画『マトリックス』(1999年)だが、なんとなくそれを想起してしまった(ちなみに映画公開当時はウォシャウスキー兄弟だった)。

最近では僕くらいの若い世代の間でも仮想通貨が流行っているが、これなんかはまさに実体のないつくりものでかつ、雲のようにはかない存在だ。かつてピンク・フロイドというバンドが「Money」という曲の中で、"Money, it's a gas"と歌っていたが、昨今の仮想通貨の登場によって、より一層、この一節が深みを帯びてしまった。

マトリックス』といい、ピンク・フロイドといい、千年前の作品を自分の知っている世界で解釈してしまうのは我ながらどうかとは思うが、しかし、上記の偈頌(げじゅ)と通じる面は少なからずあるのでは、と思っている。

 なお、この話の本質ではないのだが、一応楽器をやっている人間として、比丘が弾いていた「琴」というのは、どんな楽器だったんだろうとは気になる。琴といって真っ先に思い浮かべるのは、床にどっしりと置いて、猫の爪のようなものでガリガリ引っ掻いている(落語の噺「茶の湯」での小僧の言葉)あの楽器だが、この話では、比丘は楽器を弾きながらふらふらと歩いていたのだから、もちろんあれとは違う。まさか車輪が付いていたわけでもあるまいし。

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古くから、日本では弦楽器全般を「こと」と称していたらしいし、明治時代に入ってきたピアノやオルガンをそれぞれ「洋琴」や「風琴」とまで呼んでいたとのことだから、この「琴」という呼称は、結構アバウトだ(なんせ舞台が天竺だし)。まあ普通に考えると、ギターのように抱えて弾く、小型の弦楽器だったんだろうとは思う。 

ギターやその祖先のリュートのような楽器の起源は、アジアにあるかヨーロッパにあるかというのは、研究者によっても分かれる議論ではあるが、僕の弾いているギターとおんなじようなものを、釈迦も弾いていたのかもしれないと考えると、なかなかロマンチックな気持ちになる。

巻四第三十六話 美しい鳥に乗って旅立った人々の話

巻4第36話 天竺安息国鸚鵡鳥語 第卅六

今は昔、天竺の安息国の人は仏法を知りませんでした。

この国に鸚鵡(オウム)という鳥が飛んできました。黄金の色をしていて、白いところや青いところもある美しい鳥です。しかも、この鳥は人間のようにものを話したのです。国王や大臣や、その他さまざまな人が、おもしろがって鳥をしゃべらせていました。

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この鳥は元気がないように見えました。じゅうぶんに肥えているのですが、弱っているようでした。多くの人は、「食べるものがないから弱っているんだ」と考え、「おまえは何を食べるんだ」と問いました。
鳥が答えます。
「私は阿弥陀仏と唱える声を聞くのを食としています。この声を聞くと、肥えて気力も充実するのです。私は他に食べるものはありません。もし、私を養いたいなら、『阿弥陀仏』と唱えてください」
これを聞いて、男も女も貴きも賤しきも、すべての人が競って「阿弥陀仏」と唱えました。

すると、鳥は元気になって、しばらく空の中に飛んでいたかと思うと、帰ってきて言いました。
「すばらしく美しい、豊かな国を見たいとは思いませんか」
多くの人は、「見たい」と答えました。
鳥は言います。
「もし見たいなら、私の羽に乗りなさい」
たくさんの人が、鳥にしたがって羽に乗りました。

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鳥は言いました。
「私の力はまだ少し弱いようです。『阿弥陀仏』と唱えて、私を力づけてください」
羽に乗った者はいっせいに「阿弥陀仏」と唱えました。鳥は、虚空に飛びあがり、西方を指して去りました。

国王や大臣、その他の人々は、これを見て「不思議なことだ」と言いました。
「これは、阿弥陀仏が鸚鵡鳥になって、辺鄙な国の愚かな人々を引接しようとしているにちがいない」
鳥はふたたび帰ることがなかったので、羽に乗った人も帰りませんでした。

「この身このままで往生(極楽に生まれ変わる)したということにちがいない」
その地に寺を建立し、鸚鵡寺と名づけました。斎日(在家信者が戒律を守り行いを慎む日)ごとに阿弥陀の念仏を修したといいます。安息国の人が仏法を悟り、因果を知って、浄土に往生する者多くなったのはそれからだということです。

阿弥陀仏は、心から念じない者をも引接してくださいます。まして、心から念じた人は、極楽に至ること疑いなしと言えましょう。

【原文】

巻4第36話 天竺安息国鸚鵡鳥語 第卅六 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

この話の舞台となる安息国とはペルシア地方の大国パンチャだという。王都はアンチオク、安息国とはそれを音訳したものらしい。「仏法を知らなかった」と表現されているがロケーションから言って仏教伝来が遅かったか流行らなかった可能性は高い。

この話では「ものを言う鳥・オウム」がとてもめずらしいものとされている。「美しい姿をして人間の言葉を話す鳥」が、それを見たことがない人(日本人含む)に与えるインパクトは相当なものだったにちがいない。鳥がこの世ならぬ場所である極楽と結びつけられるのは当然のことだと思われる。

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オウムはたいへんに長寿で、種によっては人よりずっと長生きだ。
だから自分の名前を覚えさせるなんてもってのほかである。鳥は飼い主が死んでからも亡くなった主人の名を言いつづける。そういう鳥は次の飼い主を見つけられない。当たり前だ、見ず知らずの人の名を言う鳥なんか飼えるかよ。

この話に出てくる鳥は人の名ではなく「阿弥陀仏」と仏の名を求める。ああこれはいいなあと思った。ありがたい名前を言う鳥なら飼ってもいいという人があるかもしれない。
鳥に言葉を覚えさせるには何度も言わなければいけないが、ありがたい言葉をくりかえし言うのは飼い主にとってもいいだろう。

とはいえ宗教色が強すぎてかえって嫌がられるかもなー。

巻四第三十五話 子が死んでも動じない父母の話

 巻4第35話 仏御弟子値田打翁語 第卅五

今は昔、天竺。
仏の御弟子である一人の比丘(僧侶)が歩いていました。
老人と若い男がふたり、荒地を耕しています。

比丘が「田を作っているのだろう」と思っていると、若い男が急に倒れ、死にました。老人はこれを見ましたが、それまでと同じようにクワを振り続けています。何も言いません。

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比丘は思いました。
「若い人が亡くなっても何の動揺も見せないとは、年老いているのに、なんと情けない心の持ち主だろうか」

比丘は老人にたずねました。
「その死んだ男は、あなたとどんな関係なのですか」
「私の子です」

比丘はいよいよ不思議に思いました。
「長男ですか、次男ですか」と問うと、老人は答えます。
「長男でも次男でもありません。ただこの子があるだけです」
ますます不思議に思いました。
「母親があるでしょう。どこにいますか」と問うと、「母はあります。あの山のふもとの煙が立っている家に住んでいます」と答えます。
比丘は思いました。「この男はまったくひどい。母親に早く伝えてあげよう」

家に行き着くと、白髪の老婆が一人、糸をつむいでいました。比丘は老婆に告げました。
「あそこで、おばあさんの息子が父親とともに荒れ地を耕していました。お子さんは亡くなりました。子どもが死んだのに、父親はまったく動揺した様子を見せず耕し続けています。いったいどうしたことでしょうか」
老婆はこれを聞いら嘆き悲しむだろう。そう思ったのですが、彼女もまったく動揺せず、「(父親が動揺しないのは)当然のことです」と言って、糸をつむぎ続けていました。

比丘はこれを怪しみ、老婆に問いました。
「目の前で子が死ぬのを見ても、父親はまったく驚きませんでした。これはおかしいと急いで母親に知らせると、母親もまったく驚きません。いったいなぜでしょうか。理由があればお聞かせ願いたいのです」
老婆は答えました。
「たいへん嘆かわしいことだとは思います。しかし一年前、夫とともに、仏様が法を説くのを聞きました。仏様がおっしゃるに、『諸法は空である。有と考えるのは誤りだ。すべてのことは空であると思うべきだ』とのことです。その説を聞いてから、すべてのことは、ないのと同じだと考えています。それで夫も私も、子が死ぬのを見ても、何も思わなかったのです」
これを聞くと、比丘はとても恥ずかしく思いました。

賤しき農夫でさえ、仏の御法を信じて、子の死を悲しまない。にもかかわらず、自分はそのことを忘れていた。よこしまな考えにとらわれていた。そう感じ、おおいに恥じたとのことです。

【原文】

巻4第35話 仏御弟子値田打翁語 第卅五 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

前話は大金、この話は息子を失っても動じない話で、二話一類がつらぬかれている。

hon-yaku.hatenablog.com

父母の行動には納得がいかないところもあるが、深く追求せずにおこう。

現代なら人が亡くなったらやれ葬儀はどこでやるとか焼き場はどこにするとか坊主は誰に頼むとか大わらわ、こんなに悠長にしてはいられないだろうな。人が亡くなるということは山ほど事務手続きが押し寄せるということだ。

 

貨幣経済、ボランティア、テクノロジーそして千年の心

今昔物語集』が書かれた時期は、貨幣経済がほとんどなかった時代です。
このテーマは歴史学者網野善彦の著書にくりかえし出てきます。


じゃあ下の話はどう説明つけんのさと食ってかかりたくなりますが、当時は文盲率が驚くほど高かったですから、これは字が読める知識人(すさまじく数がすくない)だけに通じる話だったのかもしれません。

hon-yaku.hatenablog.com

貨幣経済、ボランティアそしてこのプロジェクトを運営することで自分に芽生えてきた千年の心に関して書きました。

shimirubon.jp

貨幣とはテクノロジーであり、テクノロジーとはなにかを失って得るものだという話をしたいんだ。下ですこしふれたけど、何度でも書きたい。これ言ってる人あんまりいないし、たいがいの人は目の前の世界がすべてだと思っているから。現状打破のヒントは絶対にここにあるはずだ。

news.kodansha.co.jp

同じテーマはここでも書いてる。

news.kodansha.co.jp

近いうち独自ドメインを取得しようと思っています。

巻五第二話 国王が山に入って姫を獅子に取られる話

巻5第2話 国王狩鹿入山娘被取師子語 第二

今は昔、天竺にある国がありました。その国の王は山へ行き、人を使ってほら貝を吹かせたり鼓を鳴らしたりと山間に入らせて鹿を脅かして追いたて、そのように楽しむことがありました。さて、その王にはそれは大事にしていた姫が一人ありました。片時も傍から離すことなく大切に育て、山へ行くときにも姫を籠に乗せて連れて行きました。

日暮れ間際、この鹿追いで山に入った者たちが獅子が寝起きをする洞穴に入り込んでしまいました。脅かされた獅子は崖の上に立ちはだかり、その者たちに激しく凄まじい声で吠えかかりました。そうしてどの者もその恐ろしさに取り乱し、その場から逃げ去りました。走って転んでしまった者も多く、娘が乗っていた籠持ちもそれを捨てて行ってしまいました。国王も方角も分からずともその場を後にし、王宮へ戻りました。

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その後、この姫の乗った籠について尋ねさせましたが、籠持ちはすべてを置き去りにして逃げてしまったと言いました。国王はそれを聞き、歎き悲しんで延々と泣き続けました。そのままに姫を置き去りにしておくわけにもいかず、捜索の為に多くの人を山へ送ろうと試みましたが、あまりの恐怖に誰一人としてそれを引き受ける人がありませんでした。

獅子は脅かされたので足で土をひっかき、大声で吠えながら山中を走り回っていると、ひとつの籠があることに気づきました。籠の垂れ絹を食いちぎって中を覗くと、そこには美しい女が乗っていました。獅子はこれを見て喜び、背中に乗せていつもの棲みかとしている洞穴へ連れて行きました。獅子はもちろん姫君を抱きしめて寝ました。姫はまったく正気を失うことなく、しかし生きているとも死んでいるともいえない心地でいました。

そうして数年が過ぎ、獅子は姫を身ごもらせ、臨月になって姫は子を産みました。生まれた子は容姿が整った普通の人間の男の子でしたが、十歳を過ぎる頃になると、勇ましく足の速さとなると尋常ではないことが明らかになりました。

子は母が長い間嘆き悲しむのを目にしてきていました。ある時、父の獅子が食べ物を探しに出かけている間に、「長い間悲しんでいつも泣いていますが、どんな心配事があるのですか? 親子の仲ではないですか。私には隠さないで下さい。」と子は母に尋ねました。母は更に泣き続けて何も言いません。しかししばらくした後、泣きながら母はこう言いました。「私はこの国の国王の娘なのです。」こうして、事の始まりから今に至るまでに起きたことを話しました。

子はそのいきさつを聞き、母と同じくとめどなく泣きました。「都に行きたいのであれば、父が戻らないうちに行きましょう。父の足が速いのはわかっています。でも自分と同じであってもそれよりも速いことはないはずです。だから都に連れて行って隠れて住んでもらい、私がお母さんのお世話をします。私は獅子の子ではあるけれど、お母さんの側に近いのか、人として生まれました。さあ、都に行きましょう。早く背中に乗ってください。」と懇願すると、母は喜びながら背負われました。背に母を乗せ、子はまるで鳥が飛ぶかのように都へ向かいました。母に相応しい人の家を借りて隠し住まわせ、子は大事に母の世話をしました。

父である獅子が洞穴に戻ると、妻と子の姿がありません。「逃げて都へ行ってしまったのか。」と思い悲しんで都の方へ行き、吠えわめきました。国王を含め、これを耳にした人々は慌てふためいてひどく恐れうろたえました。この事態を治めようと、国王は「この獅子による災いから免れるために獅子を殺すことのできる者には、この国の領土の半分を与える」という命を下しました。

そうして獅子の子はその知らせを耳にし、「獅子を討伐してその身を献上するので、その報酬をいただきたい。」と国王に掛け合いました。国王はそれを聞き、「打ち倒して差し出せ。」と答えました。獅子の子はこの命を受け、「父を殺すというのはこの上ない罪ではあるけれども、私はこの領土の半分の国の王となることができ、そして人間である母を世話していくことができる。」と思い、弓矢を携えて獅子である父のいる場所へと向かいました。

獅子は自分の子を目の前にして、地面に寝そべり転がりながらそれは喜びました。仰向けになり足を伸ばして子の頭を舐めたり撫でたりしている間に、子は毒塗りの矢を獅子のわき腹に突き立たせました。獅子は子を恋しく思うばかりでまったくそれに怒る気配もなく、さらには涙を流して子を舐め続けました。しばらくして獅子は息絶えました。そして子は父の獅子の頭を切り落として都へ持ち帰り、即国王に見せつけました。国王はこれを目にして驚き動揺しました。約束通りに国土の半分を与えようとしましたが、まずはと殺すに至った様子を尋ねました。獅子の子は「この機会に事の始まりからの話をして、私が国王の孫であることを知っていただきたい。」と思い、母がそれまでに言い聞かせてきたことを話し始めました。

国王はその話を聞き、「それならば私の孫であるのか。」と理解しました。「すでに交わした命に従い国の半分を分け与えるとはしたが、父親を殺した者を褒めたたえれば私もその罪から逃れられないことになる。しかしそうではあっても、報酬を取りやめれば全く約束を守らないことになる。ならば、遠くにある領土を与えよう。」ということで、ある国を与え、母と子をそこへ行かせました。

獅子の子はその領土の国王となりました。その子孫が今でもその土地に住んでいます。その国の名前は「執獅子国(しゅうししこく、現在のスリランカ)」だと語り伝えられています。

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【原文】

巻5第2話 国王狩鹿入山娘被取師子語 第二 [やたがらすナビ]

【翻訳】
濱中尚美

【校正】
濱中尚美・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
濱中尚美

このお話の登場人物は表題にある三人(獅子もそのひとつとして)ではなくて四人なのですが、読み進めていくと姫の存在があるようで薄くなり、表題にはない第四者がこの物語の主人公になることがわかります。その姫を母とする子が自分の母の世話をするためにその国の王になる。そこまでしなくてもひっそりと幸せに暮らせたんじゃないの? と思わなくもないのですが。

国王とその娘が生き別れになってしまって気の毒だったなあと思ったのですが、その失われたはずの自分の娘が実は生きていて、しかも自分の孫にあたる若者が王の面前に現れたとき、王は自分の娘に会いたいと思わなかったのでしょうか。そしてその若者が自分の父である獅子の頭を切り落として(若者の心の葛藤がほぼ読み取れないのが不思議なくらい)祖父の王の前に差し出したとき、それをやり遂げてしまった若者を王がひどく恐れたとしても、自分の娘までも遠くへとやってしまうということはどういう心境だったのでしょうか。王というのは普通一般の感覚からすると理解に苦しむような選択をしてしまうものなのでしょうか。

今昔物語集の作者は不明ではありますが、このお話の内容はもともと中国の玄奘三蔵によって西暦7世紀に書かれたインドへの旅の見聞録・地誌「大唐西域記」に収められているようです。インドから中国を経て日本に仏教がもたらされる流れの中にこの話もあったのですね。 

小説「西遊記」の原本でもあります。

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玄奘三蔵の生涯-薬師寺公式サイト|Guide-Yakushiji Temple

国立国会図書館貴重書展:展示No.11 大唐西域記

玄奘三蔵の旅路を地図で見ると、壮絶だったんだろうなということは想像に難くないです。よくやりましたね。長距離バスとかまさか走っていないですし。

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詳細に異なることがあるようですが、このお話は更にはマハーワンサ(Mahāvaṃsa)にある物語だということにも広がります。マハーワンサは西暦5世紀に記されたスリランカの宗教と歴史に関する書物で、玄奘三蔵はインドで仏典の研究と仏跡の巡礼をする間にこれに出会い、そしてこの話を中国に持ち帰って翻訳したのではないでしょうか。そんな大昔に遡りながら、現在スリランカとされる国がどのようにできたのかを物語として示すいくつかの媒体がアジアの各地域に現存しているということなのですね。

mahavamsa.org


物語の途中で存在感がなくなる獅子に関してですが、どうして獅子だったのでしょうか?物語には隠れた意図が示されることがありますが、ここでも隠喩らしきものがあるとすると、やはり獅子(ライオン)は百獣の王であるというそれへの警戒心なのではないか、そう思います。万が一これが本当のお話だとして、ご先祖様がライオンって、国としてはいいんですかね? そういえば国内闘争でのお相手はタミルのトラですね。なるほど。

fishand.tips

インドといえばベンガルトラの生息地としてよく知られると思いますが、保護によってインド西部のみに現在生息するインドライオンが大昔にはアジアのこのあたりの地域にたくさん?いたのだろうと思います。権力を持つ者が知恵や勇敢さを備える人間の存在を恐れるというのは、なんだかどの国のどの時代にも変わりないことのようですね。

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インドライオン

 

今昔物語集にあるこのお話は仏教説話にあたるもので、そういう場合は何かしら教訓のようなものが込められているのでは、と思います。ではこのお話の教訓は一体何なのでしょうか? 私の見解では、王たるものは情に流されてものを決断するものではない、そんなところではないかと。結果としてそれが良いのか悪いのか、それは王のみが理解できることかもしれません。この物語集が書かれた当初、それを読むことのできる立場にあった日本の権力者たちなどは、これを一体どう思ったのでしょうか。

 

今昔物語集』には下記の話もあります。

玄奘三蔵

hon-yaku.hatenablog.com

 

スリランカ建国秘話(シンハラとタミルの抗争)

hon-yaku.hatenablog.com

巻四第三十四話 大金を投げ捨てた兄弟の話

巻4第34話 天竺人兄弟持金通山語 第卅四

 今は昔、天竺に兄弟がありました。ともに旅をするうち、それぞれが千両の金を得ました。

山々を通っていくうち、兄は思いました。
「弟を殺し、千両の金を奪って、私の千両に加えれば、二千両になる」

また、弟はこう思いました。
「兄を殺し、千両の金を奪い、私の千両の金に加えて、二千両を持ちたい」

お互いがそう考えていましたが、心を決められずにいました。やがて山を過ぎ、川に至りました。兄は、自分の千両の金を川に投げ入れました。

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弟はこれを見て、兄に問いました。
「なぜ、金を川に投げ入れたのですか」
兄が答えました。
「山を通っているとき、『弟を殺して、持っている金を奪ってやろう』と思った。ただひとりの弟なのに、そう思ったのだ。この金を持っていなかったなら、『弟を殺そう』などとは考えなかっただろう。だから、投げ入れたのだ」

弟は言いました。
「私も同じです。『兄を殺そう』と思いました。金を持っていたせいです」
そう言って、弟も持っていた金を、川に投げ入れました。

人は食を求めて命を失うことも、財を求めて身を害することもあります。金を持っておらず貧しいからといって、それを嘆くにはあたりません。六道四生(ろくどうししょう)に落ちることも、財をむさぼるためだと語り伝えられています。

 

【原文】

巻4第34話 天竺人兄弟持金通山語 第卅四 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

じつは、兄の行動は殺意の喪失の証明にはなっていない。自分の財を投げ捨てても、「殺したい」という欲求を捨てたことにはならないのだ。黒澤明の『天国と地獄』じゃないけど、人間、素寒貧になったら殺意がつのるもんである。

しかし、彼の言葉には真実が宿っている。痛みをともなった発言のみが持つ迫真力がある。

口先だけの意見には、なんの説得力もない。うるせえだけだ。
言いたいことがあるなら、行動で示してみせろ。
自分がキモチいいから言ってるんじゃないと示すには、痛みを伴わなければならない。

……ということを以前書いたことがある。

shimirubon.jpそのセリフが嘘かホントか見分けるのはとても簡単だ。それを言うことで痛んでいるかどうか。
痛みを伴わないセリフは信用しないことにしている。目下のところ、それで誤ったことはない。

「六道四生」とは、地獄道・餓鬼道・畜生道修羅道・人間道・天道の六道に、胎生・卵生・湿生・化生(けしょう)の四生を重ねた言い方。仏教においては「救われない生き方/生まれ方」とされるものである。

巻四第三十三話 牛をほめて賭けに勝った話

巻4第33話 天竺長者婆羅門牛突語 第卅三


今は昔、天竺に長者とバラモンがありました。千両をかけて牛を闘わせていました。日を決めて、それぞれが一頭ずつ牛を出し、闘う様子を眺めるのです。これを見に来る人も多勢いました。

長者が言いました。
「私の牛は弱い牛だ。角・面・頸・尻それぞれに、皆力無(ちからな)の相がある」
牛は、長者の言葉を聞いて意気消沈し、「自分はきっと負けるだろう」と思いました。
じっさいに闘わせてみると、長者の牛は負けました。長者は、千両の金をバラモンに支払うことになったのです。

長者は家に帰ると、牛に向かって恨み言をいいました。
「おまえが今日負けたから、私は千両の金を取られたのだ。頼りがいのないやつだ。情けない」
牛はこれに答えて言いました。
「私が今日負けたのは、あなたが私を『弱い』と言ったからです。私はあなたの言葉を聞いて魂が失せ、力を出すことができませんでした。負けたのはそのせいです。もし、金を取り返したいと思うならば、私をほめてもう一度闘わせてみてください」

長者は、牛の言葉を聞き、再度闘わせてもらえるよう頼みました。バラモンは以前勝っていますから、「今度は三千両を賭けてやろう」と言いました。長者もこれを請けました。

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その後、牛を出し合いました。長者は、牛の言葉にしたがい、牛をこれ以上ないほどほめました。闘った結果、バラモンの牛が敗れ、バラモンは三千両の金を払いました。すべてのことは、ほめることによって花開き、功徳を得ることになります。そう語られているそうです。

 

【原文】

巻4第33話 天竺長者婆羅門牛突語 第卅三 [やたがらすナビ]

 【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

ほめて伸ばす。千年以上前から言われてるんですよ。難しいってことですね。

 

巻四第三十二話 薬が人となり皇子を救った話

巻4第32話 震旦国王前阿竭陀薬来語 第卅二

今は昔、震旦(中国)に皇子がありました。容姿が端正で美しい心をもっていました。父王はこの皇子をたいへんに愛していました。

やがて、皇子は重い病を得て床につき、数か月が経ちました。国王はこれを歎き、天に祈るとともに各種の薬を与えて療治しましたが、病は癒えません。

そのころ大臣として、たいへん位の高い医師がおりました。しかし国王はこの大臣ととても仲が悪く、敵のようでした。皇子の病も、この大臣には相談しませんでした。しかし、この大臣は医学に通じています。国王は年来の怨みを捨て、大臣を召し、皇子の病についてたずねました。

大臣は大いに喜び参内しました。
国王は言いました。
「私たちは長い間、たがいに怨みの気持ちを持っていて、親しまなかった。皇子が身に病をもち煩いついて、多くの医師を召して療治させたが、癒えることはなかった。年来の怨みを忘れて、そなたを呼び寄せたのはそのためだ。皇子の病を療治してほしい」
大臣が答えました。
「年来、勅命をいただけず、暗い夜のようでした。今、命をたまわり、まるで夜が明けたようです。すぐに皇子の病を見ることにしましょう」

大臣は皇子を見て言いました。
「すぐに薬を処方しましょう。これを服していただければ、病は癒えるはずです」
国王はこれを聞き、大いに喜びました。
「薬の名は何という」
大臣は困りました。薬ではなく、人が服せば、即座に死に至る猛毒を処方していたからです。この機会に年来の怨みを晴らし、皇子を殺そうとしたのです。
大臣は国王に答えなければならないので、苦しまぎれに「これは阿竭陀薬(あがだやく)と申します」と言いました。
国王はこの薬の名を聞いて、「その薬を服した人は、死ぬことがないという。皷(つづみ)に塗って打つ音を聞いた者は、病を失うという。これを飲んだ人の病が癒えないはずはない」と深く信じて、皇子に与えました。

その後、皇子の病はたちまち癒えました。薬を与えた後、大臣は既に家に帰っていて、「皇子はそろそろ死んだころだ」と思っているところに「すぐ癒えた」という話を聞き、妙に思いました。国王は、皇子の病を癒したのは大臣の徳であると喜びました。

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やがて、日が暮れました。夜になって、国王の部屋の扉を叩く者があります。国王はあやしんで、「扉を叩くのは誰だ」と問います。すると、「阿竭陀薬が参りました」と答えがかえってきました。
国王は、「不思議なことがあるものだ」と思いつつ、扉を開くと、端正な若い男女が座っています。男女は国王の御前に出て、言いました。
「私たちは阿竭陀薬です。今日、大臣の持参して、皇子に服用させた薬は、ひとたび口に入れればたちまち命を失う猛毒です。大臣は皇子を殺すために、毒を『薬です』と言って服用させようとしたのです。そのとき王が『これは何という薬だ』と問うたので、大臣は答えることができず、『これは阿竭陀薬です』と心にもないことを答えました。王は、これを深く信じて皇子に与えようとしています。このとき、『阿竭陀薬です』という大臣の答えがほのかに聞こえました。『このままでは、阿竭陀薬を飲む人は、たちまち死に至ると知れ渡ってしまう』と思ったので、私たちが代わりに服されることにしました。すると、病はたちどころに癒えました。私たちはこれを申し上げるために来たのです」
そう語ると、男女は姿を消しました。

国王はこれを聞いて、肝がつぶれるほど驚きました。そしてまず大臣を召して、ことの次第を問いつめました。大臣は隠すことができず、首をはねられました。皇子はその後、病をせずに長生きしたといいます。これは阿竭陀薬を飲んだからです。

すべては、信じるところからはじまります。信じることで、このように重篤な病も癒えます。そう語り伝えられているということです。

【原文】

巻4第32話 震旦国王前阿竭陀薬来語 第卅二 [やたがらすナビ]

 【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

震旦とは「チーナ・スターナchina staana」、秦を梵語読みしたものを漢語にしたもの(ややこしい!)で、中国を意味する言葉だ。つまり、震旦とChina、支那は同じ語源である。

今昔物語集』は大きくわけて3つのパートにわかれている。

巻一~巻五 天竺部(インド)
巻六~巻十 震旦部(中国)
巻十一~三十一 本朝部(日本)

これは震旦の話であるから、震旦部に入れるのがセオリーなのだろう。ところが、巻四(天竺部)に入れられている。これは、よく似た話を二篇(ときには三篇)続けて紹介する「二話一類」のためだろう、と国文学者の国東文麿先生が書いておられた。

すなわち、前の話が薬の話だから、この話が続けてとりあげられたのである。

前の話はこちら。

hon-yaku.hatenablog.com

二話一類に関してはここでも説明されている。

hon-yaku.hatenablog.com

阿竭陀薬とは不老不死の薬だそうだ。
こういう薬は今もないですね。

この次の話も「信じるって大事だよ」がテーマで、二話一類が貫かれている。

なお、この話の原文には空白がある。『今昔物語集』は話を先に記しておいて後から固有名詞などを書き入れることが多かったので、空白がけっこうあるのだ。現代語訳はあらかじめ空白はないものとして訳出した。

 

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あなたが華族の血筋なら別ですが、そうでないかぎり墓は100年もちません。
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巻五第十一話 小僧の血が五百の旅人を救った話

巻5第11話 五百人商人通山餓水語 第十一

 

今は昔、天竺に五百人の商人があり、商用で他国に行く途中にある山を通りました。かれらは一人の沙弥(しゃみ、年少の僧)を連れていました。

間違った方向に足をすすめ、山深い場所に迷い込んでしまいました。そこはすでに人の行き来がなくなった場所で、飲み水がありませんでした。商人たちは三日間も水を飲めずに喉が渇ききり、死にかけていました。

そこで商人たちはこの小僧に向かって言いました。「仏さまはこの世に生きるものすべての願いを叶えて下さる。有難いことに、三悪道の苦しみでさえ身代わりに受けて下さる。さて、あなたは頭髪を剃り墨染めの法衣を着る仏さまのお弟子さまです。私たち五百人はすぐにでも脱水で死んでしまうでしょう。私たちを助けて下さい。」

小僧は「その願いは本心からのものですか。」と聞き返しました。
商人たちは「今日生きるか死ぬかはもはやあなた次第です。」と答えました。

そうして小僧は高い峰に登り、巌の下に腰を下ろして言いました。「私は頭髪を剃りましたが、いまだに未熟です。人を救う力などありません。」

それでも商人たちは「あなたは仏さまのお弟子さまの姿をしています。どうか私たちを助けて下さい。」と水を求め続けますが、仏の弟子にはどうすることもできません。「十方三世の諸仏如来よ、私の脳漿を水に変え、商人たちの命をお助け下さい。」と願い、小僧は巌の端に頭を打ちつけました。

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そして血が流れ出しました。その血は水へと姿を変えました。五百人の商人と連れの牛や馬はその水を十分に飲み、死を免れました。

その小僧は今の釈迦仏そのものであり、五百の商人は今の弟子たちだ、と語り伝えられています。

 

【原文】

巻5第11話 五百人商人通山餓水語 第十一 [やたがらすナビ]

【翻訳】
濱中尚美

【校正】
濱中尚美・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
濱中尚美

プロジェクト新人の濱中です。今昔物語集にも仏さまの話にも、ど素人です。

というわけで、翻訳はなんとかなったみたいですが、このお話の解説をどうするのかに困りました。でも私なりの突破口がありました。

まず「天竺」というと、ど素人系の人は「そうそう、西遊記だよね。ガンダーラ?」に繋がる確率がどうも高いみたいです。もちろんその一人です。そして「では天竺とはどこぞや?」という展開になり、それも西遊記で誰がどこに行ったという系列で導かれることが多いのでは?ネット検索をしているとそんなパターンであることが明白になってきます。でも同じ情報をぐるぐる廻るばかりで、じゃあ「天竺に住んでいた商人たち」はどんな人達だったのか、どこの近隣の国へ行こうとしていたのか、500人の群れで山で迷うなんて随分とあれだったな、など質問は尽きない訳で。そしてこれがどの時代の話としてあるのか。そういうことはもっと幅広く文献を検索しないとたどり着けない事になっているようです。ちなみに今昔物語集の成立年代と作者は目下不明。ただ11世紀末から12世紀初頭にかけて書かれたものでは?ということは知られているようです。今昔物語集とされる書き物で現在までに発見されているものは4部に分けられていて、このお話が収められている一番初めの「天竺部」とされるものは仏教説話ということなので、お話自体が作られたのはそれよりもずっと昔むかしのことだったのでしょうね。

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「かの天竺」の現在地がインドの北東部だということまではわかるのですが、行ったことないのでその辺の地形とか「山を越えていく近隣の国」がどこだろうか、お話が作られた当時の世界地図でもない限りその辺を詰める事はたぶん無理な話で。天竺は現在のインドのビハール(Bihar)とされる地域らしく、その周りの山となるとビハールの北に位置するヒマラヤ山脈が位置するネパールかなと思うのですが、あくまでも私の考えで。下手すると富士山よりも2倍以上高い山々ですよね。そこを越えて更に北のチベット方向に行こうとでもしたのでしょうか? 万年雪があると思うけど、やっぱり水に困ったのかな。

en-ca.topographic-map.com

まあ細かいことはそっとしておいて、肝心なお話の内容を吟味してみた方がよいかと。なんと言っても小僧(原文は「沙弥(しゃみ)」)が気の毒ですね。釈迦仏となったと伝えられるその人の有難いお話として後世に残すのが目的であったのはお察しします。でもその時まだ少年であっただろう沙弥の血が透明な水になったからといって、それを500人のいい歳だったろう大人達がごくごく飲むという行為は、その後の「仏の御弟子」となったとされる彼らに強烈な心のトラウマを残しただろう、私はそう思うのですね。本当に三悪道に行かずに済んだのかしら? いつの時代も生きることは罪なことなんですね。

まんが日本昔ばなし』に似た話がありました。

www.youtube.com

 

巻四第三十一話 王の殺意から逃れた名医の話

巻4第31話 天竺国王服乳成嗔擬殺耆婆語 第卅一

今は昔、インドに国王がありました。心はねじ曲がっていたし、いつもうとうとして、眠ってばかりいました。まるで寝ることが仕事のようでした。

こんな人はそうはいません。大臣や公卿は「これは病だ。だから終始うとうとして、眠ってばかりいるのだ」と断じて、位の高い医師を呼びました。
医師は「これは病である。すみやかに乳を与えるべきだ」と診断し、乳を献上しました。

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国王はこれを服し、おおいに怒りました。
「これは薬ではない。毒だ」
多くの医師が、首をはねられました。国王の病状はいよいよ増し、眠ってばかりいます。癒える気配はありません。

このころ、ひとりの尊い医師が召されました。医師は母后にこう問いました。
「王がお生まれになるとき、なにかあったということはありませんか」
母后は答えました。
「大蛇に犯される夢を見ました。王はそのとき懐妊したのです」
医師はこれを聞いて心の内で思いました。
「王は蛇の子だ。だからこのように終始うとうとして、眠ってばかりいるんだ」
その薬を考えましたが乳よりほかにはありません。
「乳を服用していただくしかない」
しかし、医師が何人も殺されています。乳を乳だといって処方するわけにはいきません。そこで、他の薬と乳をあわせ、「乳ではない他の薬です」と言って奉りました。

国王はこれを服しましたが、乳の気を感じ、おおいに怒って言いました。
「この薬を調合した医師を捕らえよ」
家来は医師を捕らえようとしましたが、医師は「こんなことがあるだろうと思っていた」と、薬を献上した後、速い馬に乗って逃げていました。家来が王にそれを申し上げると、「追って捕らえよ」と宣旨がありました。はるか遠くまで逃げていましたが、三日後、ついに捕らえられました。

医師は思いました。
「薬を服されたのだから、王は治癒して心を取り戻されているだろう。だが、治らないこともある。今、この家来とともに行けば首をはねられることもあるのだ。それはまったく益のないことだ」
そこで家来に、かならず死ぬ毒草を「これはとてもおいしいものです」と言って与えることにしました。まずは医師みずから食べました。家来は医師が食べるのを見てこれを食べ、みな死にました。

医師は毒消しを飲んでいたので死ななかったのです。家来たちはこれを飲んでいなかったので、死ぬことになりました。

うまくいったと考えた医師は、王城で隠れていました。国王はその間に、薬の力で治っていました。そして、自分を治療した医師を召しました。王はたいへん喜び、勅禄と官位を与えました。

世の人も、この話を聞いて、おおいに医師をほめました。これ以降、国王に乳を奉るようになったといいます。

この国王は竜の子であると語り伝えられています。

 

【原文】

巻4第31話 天竺国王服乳成嗔擬殺耆婆語 第卅一 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

この王様はおそらく、ナルコレプシー(眠り病)だろう。

ナルコレプシーだった色川武大阿佐田哲也)が「ものくさ太郎はナルコレプシーだ」と書いていた。ナルコレプシーとはとつぜん、暴力的に睡魔が襲ってくる病気である。発作に襲われれば歩行中でもその場で眠ってしまうという。ハタから見ると寝てばかりいるように見えるそうだ。

ものくさ太郎は怠け者のレッテルを貼られてたいへんに苦労したが、この話の王様には「これは病だ」と認めてくれる家来があり医師があった。とても素晴らしいことだが、薬が乳とはなんとも。薦めた医者が首をはねられるとはいやはや。

この話の主人公である名医は耆婆(ぎば、ジーヴァカ、ジワカ)である。
釈尊やその高弟の病を治癒した名医として有名だが、ここではタイトルにその名が見えるばかりで物語の中では名を伏せている。中途半端なことすんなあ、どっちかにしろよと思うが、舞台がインドで名医といえば耆婆だと誰もがわかったのかもしれない。
浄土宗/浄土真宗で重んじられる『観無量寿経』や釈迦の死の様子を描いた『涅槃経』にも登場する有名人らしいので、その可能性はじゅうぶんある。名医の代名詞になっていたかもしれない。
余談であるが、タイマッサージの創始者もこのジーヴァカであるとされる。

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薬としてもちいられる「乳」だが、なんの乳だろうと思った。一般的には牛乳だが、インドには山羊もたくさんいるから、山羊の乳の可能性もある。
この話は経典『耆婆経』が出典だという。そこでは薬は乳ではなく「醍醐」とされている。醍醐とは牛乳の加工品だから、やはり乳とは牛乳であると考えるべきなのだろう。

チーズ、レアチーズ、バター、ヨーグルトと乳製品はいくつもあげることができるが、醍醐がなんだったのかはわからないそうだ。今は伝わっていない料理の可能性もある。ナルコレプシーの特効薬が醍醐なら説得力があるんだが、牛乳だとなあ。

牛乳からできる最上のものを醍醐といい、その味を醍醐味と呼ぶ。

巻四第三十話 死人の頭を売り歩く男の話

巻4第30話 天竺婆羅門貫死人頭売語 第三十

今は昔、天竺に一人のバラモンがありました。多くのドクロをヒモでつないで持ち歩き、王城に入って大声で叫びます。
「おれは死人のたくさんのドクロ貫いて持って歩いている。このドクロを買う人はいないか」
こう叫んでも、買おうという者は一人としてありません。バラモンは悲しみました。それを見てののしり笑う人もあります。

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そのとき、ひとりの智ある人が来て、ドクロを買い取りました。バラモンは耳の穴にヒモを通してドクロを持って歩いていましたが、この人はそのようにしません。
バラモンは問いました。
「なぜ、耳の穴にヒモを通さないのだ」
その人は答えました。
法華経を聞いた人の耳の穴に、糸を通すわけにはいかない」

その後、塔をたて、このドクロを供養しました。天より天人が下り、その塔を礼拝して去りました。
バラモンの願いをかなえるため、必要がないドクロを買い、そのドクロを供養したことを、天人も歓喜したと語り伝えられています。

(画像はカンボジアのキリングフィールドのもの)

【原文】

巻4第30話 天竺婆羅門貫死人頭売語 第三十 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

 原文にはドクロではなくただ「頭」とある。インドには砂漠があるから、死者の頭が骨にならずミイラ化して干物になるところだってある。だとすればドクロは正確じゃないわけで、どうしようかなと思ったが、もともとこの話、唐代七世紀の仏教書『法苑珠林』にある話で、そこには「髑髏」とあるのだそうだ。これに習い、「頭」は「ドクロ」と訳出した。

もともとバラモン教(仏教やヒンズー教のベース)には、ドクロをお守りとする風習があったという。すなわちこの人は、酔狂でドクロを売って歩いているのではなく、「お守りにどうですか」と言っているわけだ。
スカルリングとか、ドクロをファッションにすることは現代でもめずらしくないが、その淵源のひとつはここに見えている。紀元前からあるんですぜ!  

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「八万四千の法門」と言われるぐらいで、仏教には本当にたくさんの経典がある。その中で、法華経こそ釈迦の教えの中心(正法)とする宗派は数多くある。

聖徳太子が『法華義疏』を著し、中国天台に学んだ最澄法華経を至上の教えとして天台宗を開いた。日蓮はこれを尖鋭化して日蓮宗法華宗)を開いている。
志村けんがギャグにしたうちわ太鼓たたきながらお題目を唱えるたいへん陽気な宗派は日蓮宗の一派である。文句は「南無妙法蓮華経」、法華経に帰依しますという意味だ。

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これ、志村けんはやめちゃったみたいだ。番組名にもなった「だいじょうぶだぁ」ってここから来てるんだから、やめるのは不自然。たぶんどっか宗教団体からやるなって声があったんだろう。

二・二六事件北一輝も、満州事変の石原莞爾も熱心な法華経信者であったし、創価学会とは日蓮の信者団体である。その創価学会を支持母体とする公明党が与党なんだから、法華経とは聖徳太子以降、現代にいたるまで日本を支配している教えだと言っていいだろう。

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ちなみに、このテキストの原文は日蓮よりずっと前に書かれている。なんか勝った気がするのは俺だけか。